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「真実」と「事実」の混同について。

作者: エンゲブラ
掲載日:2026/04/14

多くの人々の間で、最も誤用され、使われ続ける言葉「真実」。


「真実を知りたい」

「真実はひとつ」


こういった言葉を見かけると、頭が痛くなる。

真実が、まるで唯一のものであるかのように語る人々は、いったい何を考えているのか?


真実は「Truth」であり、事実は「Fact」である。


Factは、百人いれば、百人が同じ見解となる「事象」。

だが、Truthは「主観」による事象の解釈である。

解釈は「人の数だけ」存在する。


多くの人間は「物事を感情で見る」ので、真実と事実に大した差はないと考える。しかし、真実は「立ち位置」で変わる。真実を持ち出すと、すべてはもつれる。


正義も悪も、アングルで逆転する。

それは「主観的評価」に過ぎないからだ。

客観性を欠く解釈のぶつけ合いからは、大した答えも生まれない。


だが、メディアも含め、多くの人々は主観的な解釈で、物事を論じることを好む。


筆者からすれば、こういった人々は粗野にも映るわけだが、彼らからすると、筆者には「情がない」ようにも、映るらしい。


他者を評価するのは、ファクトだけでいい。

「公平性」を期すのであれば。


自らの願望も含め、物事を主観で語り出すと、永遠にこのカオスから抜け出すことは出来ない。


事実を捻じ曲げてまで、「我は正義なり!」と叫ぶやつらと、いったい何を語ればいいのか?

真実とは「それぞれの物語」である。

物語には、常に「甘美な虚構」が含まれる。

正義や悪を口にする人間ほど、この虚構に耽溺する。


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― 新着の感想 ―
僕は真実と事実を混同していたのかもしれません 事実は一つだけでも、真実は人によって違う。 勉強になりました。
何言ってんだ? 事実も真実も客観と主観がそれぞれあるのが常識だぞ? さらに言えば君が語ってるような文化依存の間主観的領域ってのもある。 例で言えば以下であり、君が言ってるのは客観的真実と主観的真実…
まぁ多世界解釈によれば観測者の立場が事実に影響するから、真実と事実の境界はかなりあいまいですけどね。あなたの言うような都合のいい分類が"事実"となるのかは興味深いところ。
2026/04/17 07:44 通りすがり
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