少女兵器は夜明けに唄う
ソレは、ある日いきなり現れた。起こった、というほうが近いかもしれない。前触れも予兆もなかった。少なくとも、わたしは知らない。
街に、変な黒いものが出た。影みたいで、霧みたいで、でも近づくとたしかにそこにあった。触ろうとすると暴れて、離れると増えた。名前は後からついたけど、最初はみんなソレとしか呼ばなかった。
すぐに、ひとつのことがわかった。
ソレに触れられるのは、人間の少女だけだった。理由を聞く人はいた。どうして少女なのか、とか。どこが違うのか、とか。でもその声はすぐに消えた。問いよりも、生き残るほうが急ぎだったからだ。
世界は、少女たちを集めた。
役割を与えて、前線に立たせた。向いていない子は消えて、向いている子だけが残った。名前はだんだん使われなくなって、番号とか機能とか、そういう呼ばれ方が増えていった。
そのうち、条件を調べ始める人たちが現れた。何で少女なのか。どこまでが必要で、どこからが不要なのか。
少年も使われた。身体を削がれて、名前を変えられて、それでも触れられなかった。
少女の形をした身体も作られた。成長しない、記憶を持たない、最初から戦うためだけのやつ。あれもだめだった。
結局触れられたのは、怖いと思ったり、痛いと感じたり、それでも未来のことを想像してしまう、そういう普通の人間の少女だけだった。
理由は、最後までわからなかった。でも結論だけは残った。世界は、それで納得したことにした。
わたしも、その一人だ。
気づいたときには、わたしの両腕はもうなかった。正確に言えば、あったものがなくなって、別のものに置き換わっていた。
鉄だった。冷たくて、重い。ちゃんと動くし、壊れない。前よりずっと強い。人を守るのに、ちょうどいい腕だと思う。
ときどき、ないはずの腕が痛む。昔、ここにあったものを、思い出すためなのかもしれない。
機能は足りている。足りてないものの話は、もう誰もしなくなった。
わたしは歌い手になりたかった。そんなことを、今さら思い出すのもおかしいけど本当だ。
舞台に立ちたかったわけでも、有名になりたかったわけでもない。ただ声を出して、誰かに届くのがいいなと思っていた。
この世界に、もう唄はない。あるのは信号とか警報とか、必要な情報を端的に知らせる出力だけだ。声は機能になって、用途を持たない音は切り捨てられた。
空が、少しずつ白んでいく。
夜明けが近い。
この時間を、みんな嫌う。希望の時間じゃない。ソレがいちばん元気になる、不吉な時間だからだ。
わたしの役目は、ここからだ。
息を吸う。胸の奥が少しだけ痛む。理由はわからないけど、毎回そうなる。
これから出す声が、何を呼ぶのかをわたしは知っている。唄じゃないことも知っている。
それでも、声は喉の奥に集まってくる。
合図はない。合図を待つほど、夜明けはやさしくない。
わたしは、息を吐く。
意味のある言葉ではない。ただ、音をひとつずつ並べる。
昔どこかで覚えた気がする高低を、ほどけないように線にして外に出す。
それは空に向かって広がり、建物の影にぶつかって、少しだけ形を変える。
風に混じって、遠くまで運ばれていく。
すぐに、応答があった。黒いものが、動く。集まり、寄ってきて、夜明けの光の中で輪郭を濃くする。
わたしの声に、反応している。
ここから先は考えない。考えていいのは、距離と数と動きだけ。
わたしは一歩、踏み出した。
───
地下の奥で、子どもは目を覚ました。何かの音が聞こえたからだ。
爆発の音でも、警報でもなかった。もっと静かで長い音。
子どもは耳を澄ませる。怖いはずなのに、なぜか息を止めてしまう。
——きれいだ。
誰に言うでもなく、そう思った。それが何かはわからない。
でも、音じゃなくて声だと思った。
「……また始まったか」
少し離れたところで、大人の声がした。低くて、疲れた声。
「嫌な音だな」
「夜明けか」
「耳ふさいどけ」
誰も、空を見ようとしない。
誰も、その声を聞こうとしない。
子どもは、もう一度だけ耳を澄ませた。さっきより、少しだけ遠くなっている気がした。
大人の手が、子どもの頭を押さえた。乱暴ではないけれど、優しくもなかった。音を遠ざけるための、慣れた動きだった。
声は、そこで途切れた。
地下に響いていたのは、いつもの音だけだ。機械の唸りと、人の息遣い。誰かが咳をして、誰かが舌打ちをした。いつも通りの避難の時間。
子どもは、何も言わなかった。さっき聞いたものを、うまく言葉にできなかったからだ。
それは、聞こうとしない人には最初から音ですらなかった。
地上では、戦いが始まっていた。
黒いものが集まり、光が走り、誰かが叫ぶ。いつも通りの光景だと、大人たちは言うだろう。
鉄の腕で異物を押し返し、壊す。それだけを繰り返す。
ただ、ひとりの子どもが覚えている。夜明けに、きれいな声がしたことを。




