逢魔が時にはご注意を
ティロン♪
不意にスマホのメッセージ音が鳴った。
姉からのメッセだった。
【今日は研究で遅くなるから、先にご飯食べてて!多分帰りは早くて9時過ぎになるかも…。ゴメン!】
姉は普段七時前には帰ってくるが、帰りが遅いときはこうやって連絡をくれることになっている。研究室に配属されてからはちょくちょくあることなので、珍しいことではない。
【わかった。気をつけて帰ってきてね】
シュポっと音がして、メッセージが送信される。すぐにオッケーのスタンプが送られてきたので、スマホをポケットにしまい黒鳥さんに向き直る。
「じゃあ、あたし帰るね」
「まっ待ってください!」
「まだ何か?」
「あの、今日のお礼、したくて……」
「あー、いいよいいよ。ただ学校案内しただけだし」
時間は五時過ぎ、まだ暗くはならないが買い物をしてからなのでその頃には暗くなってしまう。これ以上の寄り道はできない。
「でも……」
「あたし、スーパーで買い物しなきゃいけないから早く帰らなきゃ」
「じゃあ、荷物お持ちします!」
「いや、いいって……」
う~、食い下がるな~。
しかも、さっきのわんこみたいな表情するし。
「てか、家どこ?反対だったら遠回りになって悪いし」
「たそがれマンションです」
「え、同じとこ!?」
断る口実がなくなってしまった。
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「ごめんね。重い方持ってもらって」
「ううん、大丈夫。私も無理矢理ついてきちゃってごめんなさい」
「いいよ。あたしもいつもより多めに買えたからぶっちゃけ助かった。ありがとう。それにしても、同じマンションだとは」
引っ越してきたのはなんと昨日らしい。しかも、普通の生徒より早めの登校だったそうだ。そりゃ、エレベーターで会わないわけだ。
誰かと買い物なんて久しぶりだったから、ついつい買いすぎて遅くなってしまった。そろそろ日が沈みそうだ。
あたしが帰宅部なのは2つ理由がある。
一つは部活が面倒だから。
もう一つは———————————
『オマエ、ミエテル?』
こういう輩に会いやすくなるから。
「黒鳥さん、ちょっと急ごうか。あんまり遅くなると親御さん心配するでしょ?」
「え、う、うん」
大丈夫、いつものように無視すれば大丈夫。
『ミエテル』
ニチャアと化け物が笑った。
あ、これは無視できない、駄目なやつだ。あたしの本能が警鐘を鳴らす。
「黒鳥さん、ちょっと走ろう」
「えっ?ちょっ!」
『マ゛テ゛ェェッ!!』
黒鳥さんの手を、無理矢理引っ張って走った。
最近はとんと会わないから油断していた。逢魔が時になると、こいつらは攻撃的になる。いつもは無視していれば襲っては来ないが、これは違う。
よりによって、黒鳥さんと一緒にいるところに来るとか!タイミング悪すぎ!
「ハッハッ…ッハァ…………ッ!」
あと少しでエントランス!
ドズンッ!
『オ゛イ゛!!』
「げっ!」
目の前に!こうなったら黒鳥さんだけでも!
黒鳥さんを化け物から遠ざけようと、思いっきり腕を振るって手を離した。
「梧桐さんッ!?」
黒鳥さんの驚いた声。
化け物があたしに向かって、爪を振り下ろそうとしている。
あれに切り裂かれたら痛いんだろうなと、他人事のように考えていた。
『か——―いじ——————メッ!』
急にノイズがかった光景が頭に浮かんだ。違うところといえば自分が今よりも小さいことと、目の前の化け物が陰のように真っ黒だったこと。
今の記憶はなんだ?
あたしはこんなの知らない。
それとも、何か忘れて———————
ガシャンッ!!!
『ガッ!』
「さくちゃんに触るな!」
「………え?」
大きな音がして、現実に戻される。
そうだ、あたし化け物にっ……切られて、ない?
恐る恐る顔を上げる。
目の前には、黒い大きな翼。そして、吹き飛ばされたであろう化け物の姿。
あの頃より大分大きいけど、見覚えのあるシルエット。
「……の…ぞ、み?」
「……そうだよ、さくちゃん」
額の傷に、黒い綺麗な羽。
どうして今まで忘れていたんだろう。
この子はあたしが昔助けた鴉天狗、のぞみだ。
『ナニスル!』
「そっちこそ、いきなり何するの!」
『オデのエモノ!』
あまりダメージがなかったのか、化け物はすぐに体勢を立て直し吠える。
獲物?こいつはあたしを喰うつもりだったのか?
そんな奴今までいなかった。今までも危険な奴に会ったことはあったが、やるとしてもちょっと度が過ぎた悪戯くらいの奴らばかりだった。
街頭に照らされ、化け物の全体像が見えた。
顔に手足をつけただけの大きな毛玉のような姿。牙は鋭く、目はつり上がり飢えた獣のような目がギラギラとしていた。手足には長く鋭い爪が生えている。
のぞみが来てくれなかったら、あの爪に引き裂かれていたかと思うと身震いがした。
ガゴンッ!
「ダメ!」
『グアッ!』
のぞみが鞘がついたままの刀で、毛玉のど真ん中を思いっきり叩く。毛玉は地面にめり込んだまま会話をし始めた。
「貴方、名前は?」
『………ナマエ、ない。オデ、このまま、キえる』
「………ごめんね。私じゃ貴方の語り部にはなれないの」
『……………いやダっ———————ダッタラ!』
「だめだよ」
『アッ………』
毛玉はいきなり起き上がり、こちらに突進してこようとした。しかし、あたしにたどり着く前に毛玉は小さな声を漏らしてサラサラと消えていった。
「ごめんね」
あの毛玉を助けられなかったことへの謝罪なのか、顔は見えなかったけど声は悲しそうだった。
あたしは唐突なことが多すぎて、さっきの身に覚えのない記憶のことはどこかにすっ飛んでいた。




