屋上の住人
「黒鳥さん、おはよう」
「おはようございます」
「しっかり案内してもらった?」
「はい、これで迷わないで済みそうです」
「あはは、よかったね~」
各々挨拶をして席に着く。
昨日と同じように望の周りに人だかりができる。まあ、いいけどさ。
「ちょっと拗ねてる?」
「……なんで?」
今のどこに拗ねる要素があるんだろうか。あたしはいつも通りのはずだ。
「いや、黒鳥さんが囲まれたあたりからなーんかね?」
「別に、そんなことないし」
「ふーん」
本当にそんなことはない……………はず。
そう思い望の方を見ていたら、こちらに気が付いたのか小さく手を振ってきた。あたしも小さく振り返すと、望は微笑みながらさっきより早く手を振ってきた。なんだかその仕草が嬉しそうに尻尾振ってる犬みたいで可愛かった。
「顔」
「え?」
「緩んでる。そんなに嬉しかったかぃ?」
「そ、そんなことないしっ」
あーもう、だからニヤニヤすんな!!
「ホームルーム始めるぞー」
先生が入ってきて、皆自分の席に戻っていく。
あたしも前に向き直る。ちょっと耳が熱いのは気のせいだと思う。
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望が転校してきてから数日たったある日、転校生というイベントも終わったおかげで望に話しかける人は固定の人になってきた。主にあたしや結桜、運動部の比較的大人しめのグループの人たちだ。他の人たちもたまに話はするが、大体はいつものグループで日常に戻った感じだ。
因みにあたしと結桜以外に話すときは、まだ敬語が抜けていない。本人に聞いたら、まだ皆に慣れてないからだそうだ。
「さくちゃん、お昼食べよー」
「あー、ごめん。ちょっと今日は先約がいるんだ」
「そうなの?」
「うん、ごめん」
「わかった………」
お昼、望がニコニコとお弁当を掲げて誘ってくれたが、生憎今日は先約がいた。
断ると望がシュンとしてしまった。垂れた尻尾と耳の幻覚がみえる。
「今日の夕飯、のぞみのリクエストに答えるよ?」
「ほんと!?」
「ホントホント。だから今日のお昼は結桜と食べてて、ね?」
「う~わかった」
「うちは妥協案かい。いいけどさ~」
黒鳥さんカモーンと腕を広げる結桜。なんだかんだでいいやつなのだ。望も結桜とはあんまり気負わずに話せるようだ。
「先約って屋上?」
「うん」
「いてらー」
「?いってらっしゃい」
二人に手を振り、お弁当と飲み物が入った袋を持って屋上へと向かう。
ガチャッ
この学校は屋上が解放されている。もちろん転落防止柵はついている。
ただ全然人気はない。2階に大きめのテラスがあって、パラソルがついたテーブルと椅子があるので、外で食べたい人はそこに行く。あとは中庭に大きな木があったり、庭があったりと昼休憩には申し分ない空間があるので、わざわざ何もない屋上にくる必要がないのだ。
「やあ」
「こんにちは、十六夜先輩」
屋上にいたのは十六夜彩夜璃先輩、あたしの一個上で高二。あたしと同じく視える人で、人がいないところを探している時に出会って、今ではたまにお昼を共にする仲だ。
コンッ♪
スマホのメッセージ音が鳴る。因みにこれは狐の鳴き声だ。
【こんにちは】
「こんにちは、こっくりさん」
十六夜先輩にはこっくりさんが憑いている。
あたしには黒い手しか見えないが、十六夜先輩には全体が見えていて、大きな黒いお狐様と言っていた。なんやかんやあって今は守護霊的な存在らしい。
最初こっくりさんとは紙に書いた文字を一字一字選択して言葉を伝えていたが、もっと手軽に話したいとiPadを渡したらなんと普通に使うことができるとわかり今に至る。因みにキーボードのかな入力で、ひらがなとカタカナは普通に使える。漢字は現在練習中だそうだ。
「こっくりさん、嬉しそう」
「そうなんですか?」
【うん さくに あえるの うれしい】
「あはは、ありがとうございます」
「ぼくも、さくに会えるのは嬉しい」
この二人は感情をすぐ言葉にする。一人は感情が顔に出にくいから、もう一人はそもそも手しか見えないから言葉にするのだと。
唯一屋上で日陰になっているところにいる十六夜先輩の隣に腰を下ろし、弁当箱を開く。今日のメニューはほうれん草のお浸し、から揚げ、卵焼きと紫蘇ふりかけがかかったご飯、お弁当の定番だ。
「今日のお弁当もおいしそうだね」
「十六夜先輩は購買のですか?」
「うん。これと卵焼き、交換して?」
「クスッいいですよ」
十六夜先輩のメニューは、ポテサラ入りカレーコッペパンと小さめの生チョコパン。
先輩は生チョコパンを半分ちぎってくれたので、あたしはちょっと大きめの卵焼きをあげる。十六夜先輩は卵焼きを手でつかむとすぐに口に入れて、もぐもぐし始めた。
「うん、やっぱりおいしい」
「よかったです。姉に伝えておきますね」
「うん、伝えといて」
フンスッという感じで十六夜先輩が言う。
そのあとは食べ終わるまで、特に会話はなかった。あたしは食べるとき、あまりしゃべりたくはない。もちろん、友達や家族と話すのは楽しいがご飯の時は静かに食べたい。決して嫌いなわけではない、時と場合によるだけだ。
デザートに十六夜先輩からもらったチョコパンを食べる。うん、うちの学食はなかなかレベルが高いと思う。これが150円で買えるのなら、コンビニで買うよりこっちを選ぶ。
「ごちそうさまでした」
「ごち」
【ごち】
「こっくりさんは食べてないよ?」
【いっしょに いいたかっただけ】
「そか」
のほほんとした空気が周りに漂う。
食後のゆったりとした空気の中、ふと先輩が質問を投げかけてきた。
「さく、最近何かあった?」
「え?何でですか?」
「いつもはだる~んって感じなのに、今日は全体的にほわほわ、ちょっとだけモヤモヤ」
すっごい抽象的だな。まあ、言わんとすることは分からんでもない。
ほわほわ、かは分からないが望と会えたことは嬉しい。モヤモヤしてるのは、自分が忘れていることがあるんじゃないという不安だ。
「なんで分かっちゃうんですかね~」
「おお、当たり?」
「当たりです」
【いよ すごい】
「えっへん」
こっくりさんに褒められてドヤったあと、話してくれる?と目で訴えてきた。
今日ここに来たのはこれを相談するためでもあるので素直に話す。
「転入生が来たんです。その子はあたしの幼馴染で、小さいころにお別れしてからずっと会えなかったんですけど、最近やっと会うことができたんです」
「よかったね」
【よかったね】
「はい。でも———————」
一度息を大きく吸い込み、ため息ととも言葉に吐き出す。
「最近まで、その子の名前を忘れていたんです。それに出会った時のことは、ちゃんと思い出ていないんです。大切な思い出のはずなのに……」
「名前は分かった?」
「はい、姿を見たときに思い出せました。ただ、出会った時の記憶が曖昧なんです」
忘れたくない記憶のはずなのに、思い出せない。まるで喉に小骨が引っかかったみたいに、むず痒くてちょっとだけ痛いんだ。
「……忘れるのは悪いことじゃない。ずっと覚えてたら心がパンクしちゃう」
「先輩……?」
「きみがそれを大切だと思うなら、きっと思い出せる」
「ありがとう、ございます」
いつもまっすぐ人を見てくる十六夜先輩の目が、一瞬どこか遠くを見ていた気がした。だけどすぐにあたしに視線を合わせて、まっすぐな言葉を伝えてくれた。
そうだな、今悩んでも仕方ない。一緒に過ごしていればいつか思い出すかもだし、前向きに考えていこう。
【いよ しょっちゅう なにかわすれる】
「そうなんですか?」
「そう。この前もお昼食べるの忘れて動けなくなってたら、いいんちょに怒られた」
「それはそれは……」
何となくよしよししたら、えへへ~と嬉しそうにしていた。
「でも倒れる前に、ご飯は食べましょうね?」
「うん、頑張る」
「頑張ることなんですか」
【ぼくも さよに できるかぎり つたえる】
「お願いしますね」
十六夜先輩はいつも通りだ。さっきの一瞬だけどこか遠くに行きそうだった先輩は、わたしの気のせいだったんだろう。




