第7話 雪の残響
――光が裂け、音が遅れて来た。
ベルネは反射で腕を伸ばし、リヴィアの肩を抱え込む。次の瞬間、天井の石が砕け、雪と塵が一緒に降ってきた。右肩に鈍い衝撃。熱が走り、指が痺れる。銃を握る手が、わずかに言うことをきかない。
「下がれ!」
崩れかけの柱影へ滑り込み、リヴィアを押し倒すように庇う。灰青のマントが自分の外套に触れ、薄紅のスカーフが一閃、雪の粉を払った。礼拝堂の奥では、沈みきらない炉が低く唸っている。青白い光の残滓が床を這い、割れた魔法陣の隙間で瞬いては消えた。
「……中佐!」
崩落の向こうから、アーロンの声が一度だけ届いた。
「ここは塞がった! 後方から回り込む!」
短い報告。その後は静寂。風が割れ目を通り、雪を細く吹き込む。通信具は砂を噛んだように沈黙した。
ベルネは右肩を押さえ、息を吐いた。血が手袋に広がるのがわかる。
リヴィアが片膝をつき、外套の内から掌ほどの小さな装置を取り出した。
「……すみません。私を庇って――」
「気にするな。反射だ。」
リヴィアは黙って装置の蓋を外す。中に嵌め込まれた水晶片が淡く光り、魔法陣が浮かび上がった。
携行用治療魔導具。
魔導炉管理局仕様の改良型だ。
「少し、熱いかもしれません。」
装置を肩に当てると、水晶が反応し、淡い金色の光が滲む。
光は次第に赤みを帯び、皮膚の下で細い血流をなぞるように走った。
焼けるような痛み。だが、不思議と苦ではない。
ベルネは息を押し殺し、リヴィアの横顔を見た。
彼女の表情は凛としていて、痛みを映すような静けさを帯びていた。
光が消えると同時に、礼拝堂の奥で低い唸りが再び響いた。
――封じたはずの炉が、まだ息をしている。
そのとき、影が揺れた。
炉の中心、瓦礫の隙間から黒い外套の男が現れる。
フードに隠れて顔は見えない。
だがその輪郭は、確かに“人間”の形をしていた。
手には古びた金属杖――旧王国式の制御杖。
そこから放たれる魔力が、炉の波と同調している。
「制御している……?」
リヴィアの声がわずかに震える。
「まさか、炉を――」
男は応えず、杖を一振りした。
青白い光が一瞬だけ爆ぜ、暴走していた炉が静まる。
封印が再び“閉じる”音が、礼拝堂にこだました。
その直後、男の杖がこちらを向いた。
青白い光が凝縮し、弾丸のように放たれる。
「――下がれ!」
ベルネは反射でリヴィアの腕を掴み、引き寄せた。
身体ごと抱き込むようにして横へ飛ぶ。
光弾が頭上をかすめ、背後の石壁をえぐった。
雪と火花が同時に散る。
リヴィアの息が、腕の中でわずかに震えた。
ベルネはそのまま姿勢を立て直し、右肩の痛みを押し殺す。
「次が来る――!」
男の杖が再び光る。
ベルネは片手で魔導銃を抜き、引き金を引いた。
銃口から放たれた青い閃光が、敵の光弾と正面からぶつかる。
爆音。
閃光が弾け、礼拝堂全体が一瞬だけ白く染まる。
風圧に雪が舞い上がり、視界が途切れる。
「リヴィア!」
「……大丈夫です!」
彼女の胸元で、青い光が一瞬だけざわめいた。
空気がかすかに揺れ、雪が細かく舞い上がる。
リヴィアは無意識に息を止め、手を押さえた。
ベルネはその動きに一瞬だけ目を止めたが、何も言わなかった。
銃を構え直す。だが、右肩の痛みで動きが鈍る。
その刹那、男が杖を地面に突き立てた。
低い唸り声のような魔力波が広がり、風と雪が爆ぜる。
嵐の白の中で、影がかき消えた。
ベルネは壁に手をつき、息を整える。
追おうとしたが、右肩が悲鳴を上げる。
雪道を登るには力が足りない。
「……逃げられたか。」
「中佐、ご無理は――」
「無理をしなきゃ、何も掴めん。」
ベルネがかすかに笑う。
血の混じった息が白く散った。
視線を上げると、リヴィアが裂け目の向こうを見つめていた。
残留する魔力が、まだ空気の底で揺れている。
彼女はわずかに息を止め、何かを思い出すような顔をした。
だが、それが何かを問う間もなく、表情を消す。
「どうした。」
ベルネの声で、リヴィアが小さく肩を震わせる。
「……いえ、炉の波形が不安定です。調整します。」
装置を握る手に力がこもる。
ベルネはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、彼女の横顔を一瞬だけ見やり、低く告げる。
「戻るぞ。アーロンが回り込んでる。」
「……はい。」
礼拝堂に残っていたのは、青白い光の残滓と――
消えゆく炎色の影。
その意味を、ベルネはまだ知らなかった。
月曜日がおわるとホッとします。
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