第5話 雪の街に眠る地図
それから数日が過ぎた。
アルトレーンの空は相変わらず灰色に沈み、雪だけが時間の代わりに街を覆っていた。
工房の暴走事件から、何の進展もない。
“修理業者を名乗る男”の行方も掴めず、市警の報告は「偶発的な暴走」で打ち切られた。
机の上には、同じ言葉で埋められた報告書が積み重なっている。
ベルネ・クラウスは、無言のままその束を一枚ずつめくっていた。
冷めたコーヒーの匂いが、部屋の冷気に混じって漂う。
「中佐、こちらをご覧ください。」
アーロンが古びた地図を机に広げた。
黄ばんだ紙に刻まれたのは、王国時代の地形。
工房跡から北東に伸びる細い鉱山道の先――かすれた文字でひとつの名が記されている。
――サンク・ノエル礼拝堂。
かつては北方の交易路を見下ろす信仰の拠点だった。
この地方を王国に献上した領主が、服従の証として築き、王国に寄贈したと伝えられている。
やがて領地は王家の直轄地となり、礼拝堂も軍の管轄に移された。
今では雪に埋もれ、誰も近づかぬ廃墟に過ぎない。
「市警の非公式報告です。」
アーロンが続けた。
「現場近くで、“修理業者を名乗る男”が目撃されました。最後に確認されたのが、この礼拝堂の付近だとか。」
ベルネは目を細めた。
「その報告、どこから手に入れた?」
「ミラです。市警の保管庫に忍び込んで、焼却予定の記録束から抜き取ったそうで。」
アーロンは肩をすくめる。
「まったく、よく捕まらないものですね。」
「それがあいつの取り柄だ。」
ベルネは小さく笑った。
「真面目な規律より、雪の下の情報を掘る方が得意だからな。」
アーロンが苦笑する。
「……まったく、性に合ってますね。」
「十九年前に崩落して放棄された場所か。」
ベルネは指で日付をなぞる。
「当時は王国軍の管理区域だったな。」
そのとき、扉が叩かれた。
振り向くと、少女が立っていた。
昨日までの白い外套ではなく、今日は灰青のマントを肩に掛けている。
首元には、赤銅の髪とよく似た色の薄紅のスカーフ。
雪明かりを受けるたび、灰の布地が淡く光り、紅が小さな焔のように揺れた。
「お邪魔します。あの……例の炉の残留波形、解析が終わりました。」
手にしているのは、金属と水晶でできた旧式の魔導計。
青白い光が脈打つように揺れ、彼女の胸元の紅を一瞬だけ照らした。
「北東方向に似た波形を検出しました。」
リヴィアが地図の上に装置をかざすと、針が震え、青い光が礼拝堂の位置で止まった。
ベルネは眉をひそめる。
「……まさか、礼拝堂か。」
「はい。偶然とは思えません。」
アーロンが顎に手を当てる。
「未調査の地下炉が残っている可能性があります。」
「……行ってみよう。」
ベルネは外套を取り、立ち上がった。
「どうせまた“偶発的”で済まされる前に、確かめるさ。」
リヴィアは小さく頷き、魔導計を胸に抱えた。
扉が閉まると、ベルネはぼそりと呟いた。
「……世の中、掘り返さないほうがいいものほど、よく埋まってる。」
窓の外、灰色の光が街を包む。
――十九年前の雪が、再びこの街に降ろうとしていた。
体調が良く連続投稿です。
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