第4話 雪の街の技術顧問
扉が開き、白い外套の少女が入ってきた。
雪明かりを背にしたその姿は、昨夜の混乱の中とは違い、落ち着いて見える。
「改めてご挨拶いたします。技術顧問に任命された魔導炉管理局第一局所属、リヴィア・セルヴァ特任中尉です。」
そう言って、少しぎこちない敬礼をした。
角度も呼吸も正確なのに、どこか“教本のまま”という感じだった。
現場の空気をまだ知らない者の動き――それでも、真面目さだけは伝わる。
ベルネは軽く笑い、敬礼を返した。
「ベルネ・クラウス中佐、アルトレーン駐屯地軍務管理官だ。……まあ、実態は何でも屋みたいなもんだ。」
皮肉めいた口調に、リヴィアが瞬きをした。
「軍務管理官……ですか?」
「表向きは軍の行政整理と監査を命じられている。要するに、誰も手を出したがらない仕事の後始末をやる係だ。」
ベルネが肩をすくめると、アーロンがわずかに咳払いをした。
「副官のアーロン大尉だ。主に現場のまとめ役をしている。」
アーロンが静かに一礼する。
リヴィアも軽く頭を下げた。
「とにかく、うちの駐屯地は規律より雪の処理が大事な場所だ。あまり肩肘張らずに頼む。」
「了解しました。」
リヴィアは静かに頷いた。
その口調には不思議と芯があり、弱々しさはない。
「昨日はよく眠れたか? この街の冬は厄介でね――寒さが骨に染みる。」
「問題ありません。この街で気づきました。寒いのは、得意みたいです。」
窓からの光がリヴィアの赤銅色の髪を照らす。
雪の反射を受けて、まるで炎の欠片が踊るようだった。
――赤銅色。北方の隣国に多い色だが、ここまで澄んだ赤は珍しい。
もしかすると、あの国の血が混じっているのかもしれない。
……まあ、詮索することじゃない。
「ベルネ・クラウス中佐にお会いできるとは思いませんでした。」
リヴィアが、ふと柔らかく微笑んだ。
「東方戦線でのご指揮、記録を拝見しました。印象に残っています。“勝っても、誰も救えない戦いがある”と。」
短い沈黙。
ベルネは眉を上げ、そしてわずかに視線を落としながら苦笑した。
「俺の悪い癖だな。口が先に動く。」
「いえ。あの言葉に救われた人もいると思います。」
しばしの間、二人のあいだに雪の静けさが流れた。
その沈黙を断つように、アーロンが小さく咳払いをした。
ベルネがそちらに視線を向ける。
アーロンは控えめに姿勢を正していた。
「中佐、昨日の現場報告を。」
「……ああ、そうだったな。ありがとう。」
アーロンが机に資料を置く。ベルネは軽くうなずいて受け取った。
「セルヴァ中尉、昨日の現場の前日――“修理業者を名乗る男”が工房に出入りしていたらしい。」
リヴィアの瞳がかすかに揺れた。
「そのような報告は――」
「市警は隠していた。こっちは独自のツテがあってね。」
ベルネの口調は淡々としていたが、どこか試すようでもあった。
アーロンはその視線を見て、黙って様子を伺う。
「とにかく、目撃情報を優先して洗う。俺たちは事故じゃなく“事件”として動く。」
リヴィアは静かに頷いた。
「了解しました。協力させてください。」
――リヴィアが退出したあと、部屋に再び雪の光が差し込む。
ベルネは資料を閉じ、冷めたコーヒーを口にした。
「……なんで見せたかって顔してるな、アーロン。」
アーロンは肩をすくめて答える。
「いえ、中佐の考えがあるとわかってます。」
ベルネは苦く笑った。
「この若さで技術顧問だ。何かあるに決まってる。……それを確かめるには、情報を投げるのが一番早い。」
疑うことに慣れた自分が、少しだけ嫌になる。
窓を打つ雪の音の向こうで、鐘の音が遠くに響いた。
――雪の街の朝は、まだ静かだった。
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