第3話 雪の街の朝と、先生の署名
翌朝、ベルネの執務室には、冷めたコーヒーと報告書の山が並んでいた。
窓の外ではまだ雪が降っている。昨日よりも細かく、しんしんと積もっていく。
「……結局、また“偶発的な暴走”で片づけるらしい。」
ベルネは書類を閉じ、額を押さえた。
報告書の端に押された赤い印章が、やけに目につく。
上から命令が降りるのは早い。現場の真実が届く前に、もう結論だけが決まっている。
「中佐、また誰かの尻ぬぐいですかね。」
アーロンが無表情に呟く。先程まで外に出ていたからか雪解け水のしずくが肩から落ち、床に滲んだ。
「尻ぬぐいくらい慣れてる。……昔は“国を救った英雄”なんて呼ばれてたんだがな。」
「都合がいい時だけ、でしょう。」
「お前もそう思うか。」
短いやり取りのあと、静寂が落ちた。
ベルネの脳裏に、昨日の報告の席で見たヘルマン少将の笑みがよぎる。
この街――アルトレーン駐屯軍の最高責任者。
好々爺を装った、底の見えない笑顔。
あれこそが、この街の空気そのものだった。
ふと、机の上の書類に目を戻す。
先程遅れて届いた技術顧問の派遣命令書。
入れ違いで届いたその末尾に、見慣れた署名を見つけて、ベルネの眉がわずかに動いた。
「……先生の署名がある。」
封筒の端に小さく書かれた備考欄に、ひとつだけ気になる記述が目に入る。
――“派遣技術顧問:リヴィア・セルヴァ”。
ベルネの脳裏に、あの夜、雪の中で見た炎のような赤い瞳がよぎった。
この街ではあまりに目立つ、あの色。
「先生、デュラン将軍ですか。」
「そうだ。軍学校時代の恩師でね。戦術論より、“人を見ろ”って教えられた。」
ベルネは小さく笑った。
「皮肉なもんだ。今じゃその“人”を見る余裕がある軍人なんて、どれだけ残ってるか。」
アーロンが小さく息を吐く。
ベルネは乾いた笑みを浮かべ、冷めたコーヒーを口に運んだ。
「だが、“先生”の指示ってのが、たいてい面倒な厄介事なんだ。」
その言葉を合図にするように、扉がノックされた。
「入れ。」
軽やかな足音とともに現れたのは、白い外套の少女だった。
雪明かりを背にしたその赤い瞳が、静かにベルネを見つめていた。
創作って難しいですね




