第2話 雪の街に、焦げた匂い
工房地区は、煙と焦げた匂いに包まれていた。
雪の上に黒い灰が積もり、通りの一角がまるで焼け落ちたようになっている。
魔導炉の暴走現場は民家の裏手。爆心地には、まだ微かに青白い光が残っていた。
「……ひどいな。」
ベルネ・クラウスは外套の裾を押さえながら、崩れた壁の中を覗き込む。
金属の部品はねじ切れ、魔法陣は焦げついている。
単なる出力過多ではない。誰かが意図的に“干渉”した痕だ。
「中佐、現場の安全は確保しました。」
声をかけてきたのは副官のアーロン大尉。
大柄で黒髪、雪にまみれたその姿はいつも無表情だが、存在感は抜群だった。
淡々と報告を続けるその声に、周囲の兵士も自然と背筋を伸ばす。
「負傷者二名。民間技師が軽傷、炉の管理人は気絶していました。
市警は“事故”として処理する構えです。」
「お前の見立ては?」
「外部からの干渉。……中佐の言う通り、偶然ではありません。」
ベルネはうなずき、瓦礫の下から覗く金属板を拾い上げた。
そこに刻まれていたのは――旧王国式の魔導紋。
今の共和国では、もう使われていない、古い刻印だった。
「懐かしい……こんなもの、まだ残ってたか。」
「旧王党派の残党が使ったのでしょうか。」
「それにしては手際が悪い。」
そのとき、雪の白に、ひとすじの赤が差し込んだ。
「失礼します。」
透き通るような声が、静寂を割った。
澄みきった鈴の音のようでいて、どこか芯のある声だった。
冷たい空気を震わせながらも、不思議とあたたかさを残す――そんな声。
煙の向こう、雪の中に立っていたのは、赤銅色の髪を風になびかせた少女だった。
瞳は炎のように赤く、雪の白に映えて目を引く。
年齢的には二十代前半――だが、見た目よりも落ち着いて見えた。
ほんの少し残る初々しさが、かえって印象を強くしている。
「あなたがベルネ・クラウス中佐ですね?」
「そうだ。君は?」
「リヴィア・セルヴァ。本日付でアルトレーン駐屯部隊に派遣されました、魔導炉管理局所属の技術顧問です。」
アーロンが一歩前に出て、眉をひそめた。
「派遣の通達は確認しておりませんが。」
「おかしいですね。公式印付きの書簡を――あ、こちらです。」
リヴィアは外套の内側から、小さな金属板を取り出した。
雪明かりを受けて、表面に複雑な魔法陣が浮かび上がる。
中心には共和国の国章、そしてその下に魔導炉管理局第一局長の署名が刻まれていた。
ベルネはその名を見た瞬間、眉をひそめる。
「……本物、か。」
金属板に手をかざすと、淡い光が一度だけ灯り、本人認証の術式が作動する。
軍人なら誰でも知る、公印魔術――偽物は存在しない。
「確認しました。」
ベルネは息を吐き、わずかに態度を改めた。
「ようこそ、雪の街へ。……こんな辺境に派遣されるとは、ご愁傷さまだ。」
「辺境ほど、興味深い現象が起きるものですから。」
リヴィアは小さく微笑み、焼けた炉に近づく。
指先で焦げた魔法陣をなぞり、低く呟く。
その瞬間、赤い光がほのかに灯り、雪の上に炎の影を落とした。
「……やはり、自然な暴走ではありません。」
「理由があると?」
ベルネの問いに、リヴィアはまっすぐ顔を上げる。
「誰かが、意図的に“眠っていた魔導炉”を起こしたんです。
それも、旧王国式の制御構造を使って。」
ベルネは眉をひそめた。
「旧式を解析できる人間なんて、もうほとんどいないはずだ。」
「……旧王国時代の魔法構造は、興味深い研究対象なんです。」
言葉を選ぶような口調だったが、その奥に淡い痛みが滲んでいた。
風が二人の間を抜け、雪片が舞う。
白の中で、リヴィアの瞳だけが小さな焔のように揺れていた。
――雪の街に、炎が差した瞬間だった。
週3ぐらいでの投稿頻度を目指します。




