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第12話 灰の封鎖

 翌朝。

 アルトレーン駐屯地の中庭には、見慣れぬ旗章が立っていた。


 ――共和国監察局。臨時査察本部。


 灰色の紋章が雪光を受けて揺れ、兵士たちのざわめきが冷気に滲む。

 荷車から器材を下ろす監察局技士たちの動きは無駄がなく、

 まるで昨夜からずっと準備していたかのようだった。


 「……手際が良すぎるな。昨日の今日でこれか。」


 ベルネが呟くと、隣のアーロン大尉が低い声で答える。


 「現場線も市警線も、本日より“凍結”扱いです。

  礼拝堂は監察局の管理下に入ります。」


 そのとき、雪を踏む軽い足音が二人へ向かった。


 「おはようございます、中佐。」


 監察官ヴィオール・ラングレが歩み寄ってきた。

 灰の瞳は淡々と、しかし揺らぎなく光を帯びている。


 「本日より礼拝堂の調査は監察局が行います。

  ――“独立性の確保”のために。」


 ベルネは表情を変えず返した。


 「慎重だな。相変わらず。」


 「真実は、雪に埋もれやすいので。」


 そう告げると、ヴィオールは部下たちと器材の配置へ戻っていった。

 アーロンが小声で言う。


 「……監察官殿、目が鋭すぎませんか。」


 「いつも通りだ。」


 ベルネが痛む肩をわずかに動かした瞬間——

 駆け足の音が近づいた。


 「中佐、アーロン大尉、そして――セルヴァ中尉!

  司令より“至急、司令室へ”とのことです!」


 ベルネは周囲を見まわし、伝令へ問う。


 「セルヴァ中尉はどこだ?」


 「技術棟にて解析中です。すでに別の伝令が向かいました!」


 「……よし。司令室前で合流する。」


 二人は雪を踏み、司令棟へと向かった。


 司令室前の廊下は静かだった。


 暖炉の熱が届かず、白い息だけがかすかに揺れる。

 ベルネとアーロンが整列して待つ。

 そのとき、小走りの足音が廊下を駆けてきた。


 「遅れて申し訳ありません、中佐!」


 息を切らせ、リヴィアが走り寄る。

 灰青のマントに細かな雪が残り、薄紅のスカーフが揺れている。


 「技術棟から急ぎ参りました。」


 「ちょうどだ。入るぞ。」


 三人は姿勢を整え、司令室の扉を押し開けた。


 司令室。


 暖炉の火は低く揺れ、灰が静かに宙を漂っている。

 窓の外の雪明かりが、老将の横顔を淡く照らした。

 ヘルマン少将は机の前に立ち、穏やかに微笑んだ。


 「来てくれたか。……急な呼び出しで済まんな。」


 ベルネが敬礼すると、老将は手を軽く振って制した。


 「監察局が礼拝堂の調査を全面掌握した。

  だが――こちらにも“手札”が必要だ。」


 アーロンが僅かに眉を寄せる。


 「司令……それは、“独自調査”を?」


 ヘルマンはゆっくりと頷いた。

 そしてベルネに向け、柔らかな――しかし底の見えない微笑を浮かべる。


 「軍務管理官班。

  今日からお前たちは“補助調査班”として動く。

  表向きは物資管理。

  実際には……監察局の灯りが届かぬ場所を洗え。」


 ベルネは静かに問う。


 「本部への報告は?」


 老将は肩をすくめ、雪を払うような声で言った。


 「出すわけがなかろう。

  真実というものはな、

  光に当てれば形を変え、

  闇に置けば輪郭を失う。

  どちらも正しく、どちらも嘘だ。」


 柔らかな声なのに、言葉の底はあまりにも深い。

 ベルネでさえ、一瞬だけ息を止めた。


 ヘルマンの視線がゆっくりと動き、リヴィアへ向けられる。


 「セルヴァ中尉。」


 「……はい。」


 暖炉の火がパチ、と小さく鳴る。


 「監察局は君を“隔離”しようとしている。

  灯りを強く当て、影の形を探るつもりだ。」


 その声音には、保護と警告の両方が含まれていた。


 「だが――君の知識と判断は、この街に必要だ。

  だから、こちらで預かる。」


 ヘルマンは書簡をベルネへ渡す。


 「セルヴァ・リヴィア特任中尉を軍務管理官班に編入する。

  保護するためでもあり……必要な時に手が届くようにしておくためでもある。」


 リヴィアは小さく息をのんだ。


 「わ、私が……軍務管理官班に……?」


 「そうだ。」


 老将の笑みは温かい。

 しかしその瞳の奥は、雪より深く、底が見えない。

 ヘルマンは最後にベルネへ向き直った。


 「中佐。

  あなたなら“必要なこと”をしてくれると信じている。

  ……結果が、どちらに転んでもな。」


 ベルネは短く頷いた。


 「――任せてください。」


 その隣で、リヴィアの肩がかすかに震えた。

 それが安堵か緊張かは分からない。


 雪が窓の外で舞い、司令室の灯が静かに揺れた。

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