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第10話 灰の尋問

 監察官室の扉が閉まると、音が重く沈んだ。

 室内には灯がひとつ。机の上の書類だけが白く浮かんでいる。


 ヴィオール・ラングレは報告書に目を落としたまま、穏やかに口を開いた。


 「……突然の呼び出し、ご足労をおかけしました、セルヴァ中尉。」


 「いえ。職務ですから。」


 リヴィアは姿勢を正し、静かに座った。

 ランプの光が彼女の頬をわずかに照らす。


 「礼拝堂崩落の件について、技術顧問としての経歴を確認させていただきます。

  事故調査の独立性を保つための手続きです。」


 「承知しました。」


 ヴィオールは書類を指でめくり、目を通しながら言った。


 「生まれは王国歴の末期、首都カレド。両親は商家で、革命の混乱で亡くなられた。」


 「はい。」


 「共和国の孤児院を経て、十三歳のとき――魔導理論の第一人者、セルヴァ博士のもとへ。」


 リヴィアは小さく頷いた。


 「孤児院で魔力適性の検査があって……その報告を博士が目にされたそうです。

  直接お会いして、試験のような質問をいくつか受けて……それで、引き取っていただけることになりました。」


 ヴィオールの視線がわずかに柔らいだ。


 「……苦労されたのですね。」


 「みんな、そうでした。あの頃は。」


 短い沈黙。

 ヴィオールが次の書類をめくる。


 「国立魔導学院に進学し、理論課程を次席で卒業。

  ――次席なら研究院への推薦もあったでしょう。なぜ管理局に?」


 「研究室よりも、現場の方が学べると思いました。

  人の判断が関わる事故は、理論だけでは防げませんから。」


 「理屈より現場……博士の教え、ですか。」


 リヴィアは小さく首を振る。


 「教えというより、私の選択です。恩はありますが、それとは別に。」


 ヴィオールは一瞬だけ目を細めたが、何も言わず次の紙をめくった。


 「旧王国式の封印理論にも通じておられるとか。」


 「学院の資料室で学びました。理由を添えれば閲覧は許されます。

  封印炉事故の再発防止の研究として。」


 「再発防止、か。」


 リヴィアは少し考えるように言葉を継いだ。


 「危険だとされた理論ほど、構造としては美しいものが多いんです。

  理解した上で距離を取る――それが私のやり方です。

  ……それに、単純に“知りたい”という気持ちもありました。

  知らないまま危険だと決めつけるのは、嫌だったので。」


 ヴィオールの灰色の瞳が、わずかに光を宿した。

 「……美しさは、人を危うくもする。」


 「それでも、知っていれば止められるかもしれません。」


 沈黙。

 ヴィオールが机から視線を上げ、穏やかに問う。


 「あなたは“止める側”でいたいと?」


 「はい。」


 リヴィアは迷いなく答えた。


 「誰かが暴走させる前に、仕組みを理解しておきたい。それだけです。」


 「理にかなっています。」


 ヴィオールは小さく頷き、資料に印を押した。


 「監察官こそ、旧王国式の理論にお詳しいのですね。」


 問いかけに、ヴィオールは淡く微笑む。


 「職務柄、無知では務まりませんので。」


 灯がわずかに揺れ、二人の影が壁に交わらず並んだ。

 その静寂の中で、ヴィオールが言った。


 「――以上で結構です。協力に感謝します。」


 「失礼いたします。」


 リヴィアは静かに立ち、敬礼をして部屋を出た。


---


 扉を閉めると、廊下の空気がひやりと頬を撫でた。

 薄暗い灯の先、壁の影にベルネが寄りかかっていた。

 右肩の包帯が厚く巻かれ、外套の襟が少し乱れている。

 窓の外では雪が静かに降り、足元には乾ききらぬ水跡が広がっていた。

 彼がどれほど前からそこにいたのか――それだけでわかった。


 「……終わったか。」


 低い声。

 リヴィアは息を整え、小さく頷いた。


 「中佐……待っていてくださったんですか。」


 ベルネは視線を窓に向けたまま言う。


 「通りかかっただけだ。――尋問が長引いたら呼び戻すつもりだった。」


 彼の目が一瞬、リヴィアの肩に留まる。

 緊張が抜けきっていないことを悟ったのだろう。


 「監察官は、どんな様子だった?」


 「淡々としていました。……けれど、探っている感じでした。」


 ベルネは小さく頷く。


 「あいつはそういう人間だ。探って、測って、必要なら動く。」


 「それでも、冷静でした。」


 「冷静な人間ほど怖い。」


 ベルネの口調は淡々としていた。


 「……寒いな、ここは。早く戻ろう。」


 その一言に、リヴィアの胸の奥が少し温かくなる。

 彼が尋問のあいだ、ずっと廊下に立っていた光景が、遅れて思い浮かんだ。

 リヴィアはふと視線を落とし、小さく息を吐く。


 「中佐こそ……休まれてください。」


 ベルネは肩を軽く動かし、痛みを押し殺すように言う。


 「動けるうちは動く。慣れてる。」


 その不器用な言い方に、リヴィアは小さく笑った。


 「ええ、そういう人だと思います。」


 窓の外で雪が流れ、灯が細く揺れる。

 廊下の静寂の中、二人の吐息だけが白く残った。


仕事柄屋外で過ごすこともあるのですが、寒すぎますね。

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