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間話2

 同じ日の夕刻。駐屯地・技術棟。


 窓の外では風が灯りを揺らし、廊下の足音が遠くでほどけた。

 机上の装置が脈打ち、青い線に微かな赤が混ざっては沈む。

 リヴィアはその変化を見つめ、記録素子の端を細いピンで調整した。 


 扉が叩かれる。


 「失礼します、セルヴァ中尉。少しお時間よろしいですか。」


 入ってきたのは、ミラ曹長とノエル一等兵だった。

 彼女らときちんと顔を合わせるのは、着任初日の挨拶以来だった。


 ミラは背が高く、長い黒髪を低く束ねている。

 襟元はきっちりと締まり、立ち姿には研ぎ澄まされた静けさ。

 琥珀色の瞳は理知的で、視線の奥に測るような光があった。


 一方、ノエルは細身の青年。

 中性的な顔立ちに、明るい亜麻色の短髪。

 整った横顔には、線の細い誠実さが滲んでいる。


 ミラが資料束を抱え、ノエルは金属製のカップを一つ持っていた。

 湯気が立ちのぼり、灯の下で淡く揺れる。


 「補給部からの報告をお持ちしました。……それと、温かいものを。」


 「ありがとうございます。」


 リヴィアは立ち上がり、受け取りながら軽く頭を下げた。


 「お手数をおかけしました。」


 「いえ、これくらい。」


 ミラの声は落ち着いていて、どこか慎重だ。


 短い沈黙。


 リヴィアが控えめに口を開く。


 「……皆さん、私にどう話しかけたらいいか、困っていませんか。」


 ノエルが少し驚いたように目を瞬く。

 ミラは苦笑し、首をすくめた。


 「まあ、“中央の特任中尉”ですから。最初は、緊張します。」


 「そんなに、かしこまらなくて大丈夫です。」


 リヴィアは微笑む。


 「こちらでは、まだ“お世話になる立場”ですから。」


 ノエルがほっとしたように笑った。


 「……そう言っていただけると、助かります。」


 ミラは椅子を引き、腰を下ろす。

 琥珀の瞳が細くなり、猫のように光を掠めた。

 愛嬌と挑むような色が、同じ場所に混ざっている。


 「では、気楽に。――その機材、こっちでは珍しいですね。」


 「現場対応型の試作です。まだ扱いに慣れなくて。」


 ミラがわずかに目を細める。


 「でも、手つきが自然。長く触れてきた人の動きです。」


 リヴィアは小さく笑った。


 「研究ばかりでしたから。体で覚える方が、早いのかもしれません。」


 ノエルがカップを差し出す。


 「中佐、無茶をされてました。肩……かなり痛そうで。」


 リヴィアはうなずき、カップの湯気を見つめた。


 「ええ。今朝も監察官の調査に同行されてたそうです。」


 ミラが小さく息を吐く。


 「……休めと言っても聞かない方ですよ。

  無理を“仕事のうち”だと思ってる人ですから。」


 リヴィアは苦笑して、静かに首を振った。


 「でも、不思議と……あの人がいると落ち着くんです。」


 ミラとノエルが視線を交わす。

 どちらともなく、短く笑い声がこぼれた。

 やや張りつめた空気がふっとほどけ、

 部屋の温度がわずかに上がったように感じられた。

 灯の明かりまで、少し柔らかく見えた。


 ミラが口元に笑みを残したまま、軽く肩をすくめる。


 「中尉、こちらでもやっていけそうですね。」


 「そう見えますか。」


 「ええ。真面目な人は、寒さにも環境にも強いですから。」


 リヴィアも小さく笑う。


 「お二人が話しやすいから、だと思います。」


 ノエルは一瞬だけ視線を伏せ、丁寧に頷いた。

 その仕草に、リヴィアは初めて本当の笑みを浮かべる。

 ミラが立ち上がり、資料束を抱え直した。


 「では、私はこれで。――次は、本物のコーヒーを淹れますね。

  この街の兵舎は、粉をお湯で溶かすだけの“なんちゃって”なので。」 


 リヴィアはふっと笑う。


 「それでも、温かいのは嬉しいです。」


 ミラとノエルが軽く会釈し、扉へ向かう。

 その背に、リヴィアはふと息を吸い、

 「……また来てください。」と小さく告げた。


 ミラが一瞬だけ振り返り、穏やかに微笑む。


 その直後――廊下を駆ける靴音が近づき、扉が勢いよく叩かれた。


 「――監察官ラングレ殿が、調査を終えて戻られました。セルヴァ中尉をお呼びです!」


 ミラが眉をひそめ、ノエルが思わず立ち止まる。


 「……嫌な呼び出しですね。」


 「お供いたしましょうか?」

 

 ノエルが前に出る。


 「大丈夫です。すぐ戻ります。」


 リヴィアは微笑み、記録素子を懐に忍ばせた。

 廊下は薄く冷えて、音が遠い。

 窓の外、遠方で細い雪がまた降り始めていた。

 監察官室の前。詰める兵が姿勢を正す。


 「監察官殿。技術顧問セルヴァ中尉が到着しました。」


 扉の向こうから、低い声。


 「――通せ。」


 取っ手が軋み、光が線になって足元に落ちた。

連続投稿です。

*感想・評価・ブックマーク等いただけると今後の執筆のモチベにつながりますのでぜひともよろしくお願いします。


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