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【連載版】数年前に亡くなったお祖母様が冷血侯爵との結婚を勧めてくる  作者: 秋色mai @コミカライズ企画進行中


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9. 友愛と恋愛のごった煮


 あの後、学園でのいじめは無くなった。狐は狼のことが怖くてしょうがないらしく、また他の生徒たちも侯爵家の権力を恐れている。あの腰抜け具合ならと、常に蝉の抜け殻や落ちていた羽を持ち歩き、盾のように使っては相手の顔を歪ませてやった。ざまあみろ。


「随分と上機嫌だな、アリス。侯爵から手紙が届いているよ」


 学園から帰ると手紙が届いていた。妙に分厚いことを不思議に思いつつ、開けてみたら……。


────────────────────


アリス・ブランシェット殿


拝啓 初夏の風が木々の葉を優しく揺らす頃、貴女の御身におかれましては益々御清祥のことと存じます。


先日、学園にて貴女が再び不本意な目に遭われた由、心より憂慮しております。

あのような場面に居合わせながら、怒りに任せて威圧を加え、かえって貴女に御負担をかけてしまったこと……


         :

         ・


街を共に歩み、貴女の御望みの品をお求めいただければ幸甚に存じます。

                   敬具


        ベネディクト・グランウィル


────────────────────


「っ長すぎる!」


 いじめの労りとこの間の感謝がしたいから一緒に街に出かけよう、ただそれだけのことを羊皮紙三枚分って。

 その労力を口数に増やせればどれだけ生きやすいか。


「街歩きねぇ……」


 ──デートだね


「ブフォッ」


 山からぶっちぎってきた、お手製ミントティーを吹いてしまう。

 デート? はぁ? デート?


「んな馬鹿な……」


 お祖母様が手でハートを作る。そのにんまり顔やめてください。

 貰えるものはもらうし、行かなければベネディクト様がしょんぼりして気にするのは明白。だからまあ、行くけど。行きますけども。


「……服とか、どうしよう」


 別に気にしてるんじゃなくて、やっぱり建前というか。そもそも汚れてもいい服ばかりというか。

 なんとなく悩んでいる間に週末が来てしまった。家のベルが鳴らされて、ジェーンが駆けていく。お嬢様付きメイドの私が確かめるとか言って鼻息が荒かった。はずなのに。


「迎えに来た」

「ああ、はい。どうも」


 あまりのかっこよさにジェーンが固まった。いつも通り顔は整ってるけどそこは別にどうでもよくて、なんか全体的にかっこいい。発光してる。


 ──可愛らしいな。攫われないか心配だが、守るから大丈夫だ。


「行こう」


 口から砂糖を吐くかと思った。情けないベネディクト様はどこへ?


 ──うん、眉を顰めても可愛い。どうかしたのだろうか。腹でも痛むのか?


「無理はしなくていい」


 ちょっとお祖母様、人の内心をそこまで漏らしていいんですか? 幽霊だからってやりたい放題はよくないですよ。


 ──声に出せていないことを書いているだけで、心の内まではバラしてない。byお祖母様


 ぐぅ……。


「ベネディクト様、うるさいです」

「「どこが(なの)!?」」


 さっきまで眩しさに呆然としていたはずのお父様とお母様が驚いて声をあげる。

 違うんです、この人声に出せてないだけなんですよ。


「健康体ですから、早く行きましょう」

「ああ」


 どうやら馬車で向かうらしく、屋敷の前に停めてあったものに乗る。ベネディクト様用で大きくて低い身長で苦戦していたら、ひょいっと持ち上げられて乗せられた。移動中も手紙の内容と同じような謝罪と感謝と糖分過多なことばかり言うものだから骨が折れた。

 王都の象徴である時計塔が見えてくる。昔一度来たくらいで、あまりよく知らない。


「着いたな」

「そうですね」

「……手を」


 確かに身長差は酷いけど、膝までつかなくていいのに。エスコートされて馬車を降りるなんて、御者以外では初めてで少し緊張した。

 そのまま街を歩いて、ショーウィンドウやら出店を眺めていた 。


「っ儂の鞄が!!」


 道の真ん中でおじいさんが叫ぶ。鞄を持った物盗りがこちらに向かってきていた。足を引っ掛けようかと思っていたところで、ベネディクト様が前に出る。胸ぐらと袖を掴んで……物盗りの背を地につける。


「ガハッ!」


 そのまま締め上げて、衛兵に渡して……実に鮮やかだった。おじいさんに鞄を返すと、とても感謝された。結構なお年寄りだ。見た目は普通だけど左手の薬指の指輪は上等なもので、よく見るとちょっと遠くに従者みたいなのが待機している。お金持ちのお忍びといったところか。


「ぜひお礼がしたい。名前を教えてくれないか」

「……名乗るほどではない」

「私はアリス・ブランシェットです」


 私は貰えるもんはもらう。そう思ったところで、違和感に気づく。おじいさんは顔面蒼白で震えていた。宙に浮くお祖母様の顔が怖い。


「ブラン……シェット……。すまない」


 まるで逃げるように去っていった。そこまで珍しい家名でもないのに、どうして。


「変なの」

「……」


 でも考えていてもしょうがないし、気を取り直して鍛冶屋に入った。流石に鍛造はできないからちょうどいい。

 剣や弓を試していると、ベネディクト様が横で目を輝かせていた。


 ──アリス嬢は、


「かっこいいな」


 そんなことを言うのはこの人くらいだと思う。特に使い勝手の良さそうだと思った短剣を買ってもらった。焼き串を食べつつブラブラ歩いて、打ち終わったやつを受け取りに行くと、持ち手にトパーズが付いていて謎だった。けどまあ、ベネディクト様の目の色に似ているからいいやと思ったりした。

 帰りに迷子の子供にスカートを掴まれた。ベネディクト様はしゃがんで目線を合わせて話を聞こうとしたけど、顔の怖さで泣かれていて不憫だった。それでも肩車して親を見つけてあげていて、相変わらず優しかった。


「アリス嬢」

「なんです?」

「……呼びたくなった」


 無表情。だけどとっても甘やかな顔。

 ……この人は、本当に私のこと好きなんだ。

 顔が熱い。夕日に照らされて、世界が真っ赤になる時間でよかった。


「どうかしたか?」

「いいえ、なんでも。暗くなる前に帰りますよ」


 本人よりも先に気づいて、どうすればいいのかわからない。

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