表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】数年前に亡くなったお祖母様が冷血侯爵との結婚を勧めてくる  作者: 秋色mai @コミカライズ企画進行中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

5. ずっと会いたかった人



『はい、私がアリスですけど……』


 彼女が、あのアリスだと知った時、心拍数が上がった。それでいて変な鼓動に戸惑った。

 ずっと、似ているとは思っていた。風に揺れるふわふわとした薄茶色の髪。なにもかも見透かしているかのような、空を映した色の瞳。小さいのに巨漢のような存在感があって、落ち着いているのに淑やかな雰囲気ではなくて。どこか懐かしい。

 昔、まだ少年とも言えた頃に、ばあやに聞いた通りだった。


         *


 グランウィル侯爵家は建国時から存在する名家であり、公爵家のない現在において、王家、辺境伯に継ぐ権力を持つ。当主である父はとにかく厳しく、母もまた淑女の鏡のような人だった。使用人は物音一つ立てないように気をつけ、俺もまた赤子の時でさえほとんど泣かなかったらしい。喋り始めるのも随分遅く、とうとう乳母は俺の声を聞かないまま屋敷を去ったのだとか。

 そんな常に静寂に包まれていた屋敷の中で、唯一大声を張ることのできる人がいた。


「坊ちゃん! そんな家の中にばかりいると、きのこになりますよ!」


 ブランシェット夫人。白髪をきっちりまとめ、勝気な雰囲気の、子守りのばあや。乳母の代わりにやってきた人。

 家の中にいるのは勉学に励んでいるからで、午前中は剣術の鍛錬もしていた。だからきのこには


「……ならない」


 ただそう返すと、ばあやは大きなため息をついた。ばあやは子爵家の前当主の妻で、権力があるわけでもない。どうしてばあやだけ許されるのか、本当に謎だった。


「明日からまた学園でしょう。今日は腕によりをかけてスコーンを作って差し上げますよ」

「……ああ」


 中央貴族は十三から、地方貴族でも十六から通う学園は、正直苦痛だった。



「グランウィル侯爵令息」

「お側に置いていただければ、役に立って見せます」

「あの、次の舞踏会はよろしければ……」


 侯爵家の嫡子である立場だけを見て、媚びへつらい、色目を使って擦り寄ってくる。

 学園につくと、ロッカーに泥がついている。私物がよく無くなり、帰りには出てくる。その度に、誰かが出てきて後始末をし、手柄のように見せつけてくる。鞄には謎の瓶や食べ物が入っていて、中身が媚薬なことは容易に想像できた。

 誰が犯人か、なんとなく予想はついていても、彼らは自分より下の位の貴族令息を使っていて、捕まえることも、警告することもできない。

 痛かった。怖かった。辛かった。


「……」


 しかし強制的にやらされていた彼らは、きっと降格になるだろう。やらせていた者たちは、少しお咎めを受けるくらいだろう。父は、母はなんて言うだろうか。そんなようでどうする、家名に泥を塗るなと怒るだろうか。

 俺が我慢すれば、誰も傷つかない。俺も、これ以上に傷つかない。


「坊ちゃん、何か話すことがあるんじゃないですか?」

「何もない」

「嘘おっしゃい! 学園から帰ってくるたびにそんな暗い顔して!」


「何もないと、言っているっ!」


 初めて声を荒げた。咄嗟に口に手を当てても、もう遅い。恐る恐る父の執務室の方を見た。聞こえなかったようで、何もない。あからさまにホッとする俺を見て、ばあやは問い詰めるのを諦めたようだった。


「……そう。じゃ、私の話を聞いてくれますね?」


 ばあやには、アリスという孫娘がいるらしかった。俺よりも六歳下の彼女は、現在七歳。目に入れても痛くないほど可愛くて、おてんばで、ばあやでも手を焼く存在らしい。

 ばあやは俺が学園から帰ると、必ず紅茶を淹れて、俺の好物のスコーンを用意した。そうして、ガゼポでアリスの話を聞かせてくれた。


「あんまりにも可愛いものだから、山で育てているんですよ」

「山……?」


 可愛いだけでは生きていけないのだという厳しい環境。そんな山小屋での自給自足の生活。川で顔を洗い、仕掛けた罠に獲物がかかってないか確認し、絞めて毛を抜いて捌いて喰らうこと。火を起こし、薪を割り、採集に出かけた時の野生動物との戦いや、たまに屋敷に帰った時の王太子殿下との対峙など。


 アリスは、童話の中のヒーローのようだった。孫の贔屓目で、多少脚色はあったかもしれない。それでも、強く正しく逞しくて、かっこよかった。

 いじめはずっと続いた。でも、アリスならどうするだろう。学園から帰ればアリスの話が聞けるのだから。そう考えれば、頑張れた。


「坊ちゃんは優しいですね。なんだか、あの人みたい」

「優しくなんてない」


 純粋に、彼らや彼らの周りの人たちを想えればよかった。だが、俺は、父や母に失望されることを恐れて、言えていないところもあるから。


「坊ちゃんのそれは強さであり美徳でもありますけどね、無理はなさらないように」


 ばあやはシワだらけの手で俺の頭をくしゃくしゃに撫でる。


「坊ちゃんももう学園に入られて一年が経ちますし、子守のばあやの役目は終わり。簡単にいうと契約が切れるわけです」


 それは、い


「なくなるのか」

「まだ死にませんよ。坊ちゃん、言葉が足りません」

「?」


「いつか、坊ちゃんにアリスを会わせてみたいものですね」


 ……それから八年後、ばあやの訃報を手紙で知った。


         *


 ばあや、今日実際に会ったんだ。ばあやの言った通り可愛くて、強く正しく逞しかった。思わず友達になって欲しいって言ったら、裏山に招待してくれた。あの、何度も話に出てきた裏山にだ。


「っはは」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ