4. 冷血侯爵は冷血じゃなかった
「……変わりましたでしょう。庭師も新しくしたそうですよ」
──そうなのか。
とりあえず話しかけても真顔で、やっぱり口に出ていない。花々の咲き乱れる美しい庭を、背丈の小さな私が必死に足を動かしてスタスタと歩くのを、グランウィル侯爵は長い足でゆったりとついてまわる。
お祖母様、なんか飛んだり跳ねたり一人でうなずいたりしてますけど、言うほど相性が良くないです。今のところお金持ちでハンサムしかわかりません。そのお金も顔も、私としてはどうでもいいですし……。
「今日は良い日和ですね」
──ああ、そうだな。しかし、暖かいと眠くなって
「よくない」
どうにか貼り付けていた笑みが速攻で剥がれる。
なんだかとっても、イラっとくる。なんなのこの会話下手は。
お祖母様、庶民が仕事を見つけるように、私は貴族の令嬢として普通に……いや、昨日の人たちのような人外でなければ、なんだっていいんです。お金も地位もいりません。お父様が心労で倒れる前に結婚できれば良いのです。
「……」
そんな鋭い目で見つめられても困る。お祖母様のおかげで、俺は何か変なことを言っただろうか……みたいな困った眼差しだってわかるけど、じゃなきゃ睨みつけられてるって思うはず。そして野生の動物と睨み合いをしていなきゃ耐えられないレベル。
「はぁ。まあ、わかります。授業中とか困りますよね」
前を向いてスタスタと歩く。早く学園長室まで届けてしまおう。手に負えない。庭園を抜ければ、すぐ職員塔なんだから。そう……すぐで……。っもう!
「あのですね!」
なんで凄い凝視してくるんだか。
お祖母様の英才教育によって、気配に敏感なせいで……すごくむず痒い。いや、こんな熱視線なら誰でもわかるかもしれないけども。
「そんなに脳天を見つめないでください。穴が開いてしまいま……」
振り向こうとした時、侯爵はただ何も言わずに私の頭の上で手を仰いだ。横目で見ると、ハナミズキの花びらがゆらりと落ちていく。
「何のことだ」
相変わらず、表情筋が仕事してない。けど、耳がほんの少し赤い気がする。
こんなに大きい花びらが付いていたから、取ろうかどうか迷ってたらしい。ただ一言、花びらがついていたと言えばいいのに。変な人というか。
「……何を食べたらこんなことになるの?」
灰汁抜きしてないどんぐりとか? あれは酷い不味さだけど。
普通の人だったらキョロキョロしていることすら気づかずに睨んでいると思うだろうし、無視されてると思って黙るか自分だけ話すかの二択。私の観察眼とお祖母様の速筆がなかったら会話が成り立っていない。
──食べ……?
「何を言っているんだ?」
「だから、どうやったらそんなことになるんです?」
──やはり、身長が威圧感を与えてしまうのだろうか。しかしこればかりは
「仕方がないのだが」
「違いますよ、何もかも足りないんです。言おうとしてることが口に出てませんし、顔だって真顔!」
ほんの少し目を見開いただけだけど、凄く驚いているのがわかる。まさかの無自覚とは。
「威圧感のくだりは口がごく微かに動いただけで開いてすらいませんし、顔はずっと真顔のままです」
そう、真顔なのに、後ろにわけわからないって顔した動物が見える。なんなら宇宙まで見える。
私の方が驚きたいですよ。まさかとは思ってたけど、無自覚だったなんて。
「いい年した殿方が今までどうやってきたのだか……申し訳ありません口が滑りました」
──いい年、した!? 俺はそう言われる年なのか!?
「……」
ショック受けるのそこなの?? 何歳なのかは知らないけど、そこじゃないでしょ!?
「あまりにも不器用すぎる……」
思わず額に手を当てる。こんな人が冷血侯爵だなんて、やっぱり世間は馬鹿げてる。天然侯爵の間違いでしょ。
あとお祖母様、その満面の笑みやめてください。どういう意味ですか、それ。
──もう一度聞いてしまって申し訳ないのだが、
「君の、名前は……」
「アリス・ブランシェットと申します」
「ブランシェット?」
家名に何か思い当たる節があるらしい。田舎ゆえに滅多に社交界に顔を出さない父母でないことは確実。となれば。
── そうか、君の祖母には、
「世話になった」
やっぱり。つまり、全部仕組まれてたってことだ。お祖母様を睨みつけると、口笛を吹いてそっぽを向いていた。幽体は音が鳴りませんよ、お祖母様。
「そうか、君がアリスか」
「はい、私がアリスですけど……」
暖かい春風が通り抜ける。
──改めて紹介させて欲しい。俺はベネディクト・グランウィル。
侯爵が屈んで、私に目線を合わせた。私は突然のことにたじろいで、後足を引く。
……これは、一体。
「友人に、なってくれないか?」
「……はぁ?」
私の声に鳥たちが一斉に飛んで逃げていく。
予想外すぎた。子供みたいな背丈のせいで、同じく子供と間違われて言われることはある。でも、自分よりも随分と大きい男性から、友人になって欲しいと言われるなんて。
「山で過ごすことになってもよければ」
同じ轍は踏まない。どうせこの人も、私が野猿だって知ったら離れていく。ほら、唖然とした顔に……。
「いいのか?」
ん?? 何、その反応。なんでちょっと声が明るいの?




