19. 隣にいて欲しい人
『私も、ベネディクト様がいい』
あの舞踏会から数日が経ち、俺は浮かれていた。
今まで夫婦といえば不仲の象徴で、一般的にはそうではないと知りながらも怖かった。冷ややかな関係に怯え、あんな風にはなりたくないと、事業を理由に避けてきていた。父母も、強制はしてこなかった。
しかし、今では家に帰れば両親は柔らかな空気で穏やかに笑い合っており、心なしか家全体が明るい。俺も少しずつこの状況に慣れてきて、今まで執務室に閉じこもってばかりだったのが、食堂で食事を摂るようにまでなった。
そんな日々の中で、アリスと恋仲になった。ずっと憧れてきた、心の中のヒーローが、自分を好きだと言ってくれた。これ以上、嬉しいことがあるだろうか。
早く一緒になりたい。だが、アリスは学生だ。それならば、早く婚約関係になりたい。大好きな人が、好きになってくれたのだと確認できる立場が欲しい。
「ア、アリス・ブランシェット嬢を、妻にしたく、婚約を……」
まだ少し震えるが、声に出せる。夕食の時に、それとなく、勇気を出して言ってみることにした。
両親は顔を見合わせ、静かに一言聞いてくる。
「好きなのか?」
「はい。この世の誰よりも」
「アリスさんは、あなたを好いてくれているの?」
「……はい。そう言ってくれました」
思い出すだけで頬が緩む。あの不恰好なワルツは、一生忘れないだろう。
「なら、ダメな理由がないわ」
「婚約を許可する」
二人自身が恋愛結婚したかったためか、身分が低いにも関わらず、すんなりと了承を得た。
次はブランシェット子爵だ。アリスが嫌な思いをしなければと言っていたから、許してもらえるとは思うが、やはり緊張はする。アリスがお見合いなんてもう二度としたくないと言っていたし、できればすぐに頷いてもらいたい。
「え?」
子爵が固まる。一人だけ時が止まっているようだ。
「あの、私は、もうすでにそういう仲なのかと……」
動かなくなった子爵の代わりに、子爵夫人がおずおずと答える。毎週末のように遊びにきていた上に、見合い避けにしていいと言ったからか、そう勘違いされていたらしかった。こちらとしてはとても都合が良いが、アリスに知られたら、口に出ていないからだと怒られるだろうなと思った。
「では、婚姻関係を結んでも」
「反対する理由がございませんもの」
「むしろ願ってもないことです」
後日正式な書類を送るという話をして、和やかに見送られた。とても機嫌がよかった。そのまま王都の服屋に寄った。この間のドレスを用意する時のために、サイズのメモはもらっていた。
「このサイズで、濃紺と金の服を」
仕事にのめり込んでいた結果、自由に使える金はたくさんある。アリスは服にこだわりも何もないと聞く。ならば、自分が贈ったものを着て欲しいと思った。クローゼットに入りきらなければ、我が家に置いておけばいい。いずれこちらに住むのだから、何も問題はない。
次に、宝飾品店に行った。アリスの色の物を身につけたいと思った。そうすれば、怖いことや寂しいことがあっても耐えられる気がした。
「水色の石を探している」
店主はスカイブルートパーズとブルーダイアモンドを出してきた。スカイブルートパーズも綺麗だったが、ブルーダイアモンドの方が似ている気がした。値は張るが、今後長く使うのだから、出し渋るつもりはない。ペンダントにしてもらうことにした。アリスに興味がなくとも、指輪は二人で選んだものだけをつけたかった。
「アリス」
用事を終えて、学園に迎えに行った。アリスはぎょっとした風に驚いて、わかりやすすぎるのだとポカポカ叩いた。手が小さいとはいえ薪を割る広背筋のアリスの打撃は強烈で、それすらも愛おしい。馬車の中ではなぜか距離を取られてしまって、詰めたら怒られた。解せぬ。
「誤算だった……」
「何がだ?」
もしや、まだあの王子は何かしてきたのだろうか。
「いえ、アレはもう狐の毛皮のように物言わぬ屍になってます。貴方ですよ、貴方」
俺が?
「甘すぎます。全身から幸せオーラを出して、ふわふわして。おまけに距離感覚がおかしくなってますよ」
直そうにもどうしようもないから許して欲しい。距離感というのも……正直よくわからない。好きだから近くにいたいのに、何がいけないのだろうか。
「あーもう、やめて。その物悲しい犬みたいな目はダメ」
犬!? ……しかしアリスに愛でてもらえるならもうなんでもいいな。
「ちょっと待って目覚めないで。そうじゃない。そこじゃない」
アリスは大きなため息をついた。ため息ですら逃したくなくて、覆うように抱きしめた。
「無自覚が自覚しても何もいいことなかった……」
「?」
「まったく、こっちは困ってるんですよ」
アリスにビシッと指をさされた。こちらを向いている人差し指を摘む。小さくて柔らかかった。
「だーもう!」
アリスが怒る。怒っても可愛い。離したくない。御者に遠回りするように伝えようか。
「やめてくださいね?」
心を読まれてしまった。




