18. 恋ってなんだろう
「困るんですか?」
「ああ」
ベネディクト様が、目の前で跪く。私の手を取って、静かに音だけを立てた。手の甲へのキスは、尊敬と敬意。人としての、尊重。騎士ならまだしも、侯爵がするなんて。
「俺は、何度も君に救われた」
でも、その真摯な目を見たら、拒否なんてできなくなる。そういえば、初めて会った時に、私を知っているような感じだった。きっと、お祖母様が孫自慢をしていたのだろう。でも……。
「救う……?」
特に何かをした覚えはない。私は、私のやりたいように生きているだけ。なんなら貴族社会に適応できていないことくらい、私だって自覚している。
「アリスは、強くて逞しい」
それはそうだろう。山ではそうでなければ生きていけない。強く逞しくなるように育てられ、育ってきた。私はそれを誇りに思っている。
「自分や大切な人を守って、日々を生きている」
自分を守るのは当たり前。大切な人は、守れる分だけ守っているだけ。
「俺は弱いから、君に憧れた」
私にとってはそうだけど、ベネディクト様が違うことを、私はもう知っている。冷血侯爵。ベネディクト様。優しすぎて不器用な人。
「君がいなかったら、今の俺はいない」
「随分と熱烈ですね。愛の告白みたいですよ」
これだから、無自覚は困る。
揶揄うようにそう言ったのに、ベネディクト様は少し考えてから、小さく頷いた。
「……ああ、そうだな」
また言葉が足りてな……
「好きだからな」
「………………はぇ」
まさかそれだけで自覚するとは思えなくて、反応が遅れる。
わ、私からビシッと言ってやろうと、思っていたのに。あれ、なんか、いざ向こうから言われてみると、だいぶ嬉しいというか。
動悸がおかしい。顔が熱い。目が見れない。
これ、気づいてなかったのは私もだったり……。そもそも私も恋愛とかしたことなかったような。
「ん゛ん゛。……やっと気づきました? 恋だって」
でも、もだもださせられたのはこっちだから。上がる口角を押さえて、咳払いをして、余裕そうにベネディクト様の顔を持つ。ベネディクト様はまったく警戒せずに私の手に擦り寄ってきて、やはりかわいい。ちょっと撫でてあげる。
「正直、少しまだよくわからない」
「でも好きなんですか?」
「そうだ」
まったくもう。
「生涯、俺の隣にはアリスがいて欲しい」
「私も、ベネディクト様がいい」
静かに見つめあって、鼻先にキスを落とした。ベネディクト様は少しくすぐったそうに目をギュッと閉じた。
「冷血侯爵と野猿が結婚ですって」
「冷血? 野猿?」
「そう呼ばれてるって、知らなかったんですか?」
冷血侯爵と野猿令嬢は、いろんな縁が繋がって、恋に落ちた。それはきっと、何かが欠けたらダメで、何もかもが奇跡的なことなんだろう。
ダンスホールの方から、弦楽器の音がする。どうやらベネディクト様にも聞こえているようだ。
「ここでも、音楽が聞こえるんですね」
向こうの騒ぎはやっと収まったらしい。随分と長かった。踏まれた人たちが喚いたんだろうか。後でめんどくさいことになった時は、ベネディクト様と一緒にどうにかしよう。
でも、今は。
「せっかくですし、踊りませんか?」
「ああ」
ベネディクト様は頷いて、片膝をつけた状態から立ち上がる。
「んん……?」
いざ踊ろうとしてみれば、ベネディクト様が大きすぎて肩に手が届かない。ヒールも履いてないから、余計だ。
「靴を……」
ベネディクト様が差し出したヒールに足を入れて、しっかりと確認する。
私は背伸びして、ベネディクト様は低く構える。不敵な笑みを浮かべる私が、黄金の瞳の中に見えた。
相手に合わせて、ゆったりとぎこちなく。音楽とは合わなくて、ワンテンポ遅れた動き。
「……不恰好なダンス」
「だが、俺は楽しい」
「私もですよ」
月光はスポットライトのように私たちを照らし、秋風が黄色く小さい花を散らす。
──── それはそれは楽しい夜だった。
私は両想いに浮かれていて、無自覚でアレだったのが自覚したらどうなるかなんて、これっぽっちも考えていなかった。




