17. 結婚相手はもう決めましたので
夏休みが終わると新学期。秋には、大きな舞踏会がある。これは夏の大人の社交界シーズンとは違い、学園の生徒やまだ婚約者のいない独身の貴族たちが参加するもの。
喉元過ぎれば熱さ忘れる彼らに、熱湯をぶっかけてやろう。
後ろ髪は纏め上げ、金の髪飾りで留めてある。濃紺のチュールドレスを揺らして、一歩一歩丁寧に歩く。お祖母様に教え込まれた、優雅であるからこそ相手に威圧を与える歩き方。ベネ父母にお礼としてねだろうとしたら、なぜかベネディクト様が買ってくれた武装。
「ベネディクト・グランウィル侯爵とアリス・ブランシェット様のおなりです」
ひっきりなしに来る生徒や貴族の名前をつらつらと読み上げていた使用人が、一息置いた。
つまり、ベネディクト様が注目を浴びるであろう相手ということだ。
「冷血侯爵がなぜ」
「出ないことで有名だったというのに」
権力だけじゃない。身長も立ち振る舞いも相まって、ベネディクト様は一際目を引く。
そもそも独身の貴族で、事業でも学園を訪れていたのだから、参加しても何もおかしくないというのに。
「お招きいただきありがとうございます」
「え、あ、ああ」
挨拶をされた学園長がタジタジだ。真顔なのもあるけど、多分普段から怖いと思っているのだろう。表情に出ている。対してベネディクト様ときたら相変わらずも真顔。本人からすれば非常に友好的な対応をしているつもりなのに。
「今晩は良い夜ですね、学園長先生」
「そ、そうだな」
滝を設置したのかと詰めた嫌味がまだ効いているらしく、私にも怯えている様子だ。
「舞踏会を楽しんで、ほしい」
会釈をして去りながら、会場を見渡す。夏休み中忘れていた恐怖を思い出したらしく、遠巻きになる生徒たち。
今日の目的である王子は口をあんぐりと開けたまま、放心していた。第四王子とはいえ、こんなので大丈夫なのだろうか。私の着飾った見た目とベネディクト様で頭が回らなくなってしまったのだろう。ざまあみろ。
周囲がざわついたまま、音楽が始まる。
「私と踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで」
ベネディクト様を思わせる色の物を身に着けて一緒に入場し、ファーストダンスの誘いを受ける。
と、このように。婚約者のいない王子を完全に断るには、私が婚約者のいる身になってしまえばいい。ベネディクト様は二つ返事で了承してくれた。
告白するのが後なだけ。私たちにとってはなんの問題もない。
「待、待て。どういうことなんだ」
ここまで見せつけたというのに、まだ阿呆を晒すか。
割って入ってきて腕を掴む王子の手を取り……可動域と反対側に全力でへし折った。
「あがっ」
大丈夫、怪我をしたと言えるほどではなく、ベネディクト様の図体で隠れているから。
「ご覧の通り、私は野猿で、殿下の隣には相応しくありませんし、理想通りにはなれません」
何を勘違いしているのかは知らないけど、選ぶのは私。傲慢なやつの言いなりになんてならない。だって猿だから。
「細かいことは、殿下のお祖父様に聞いてくださいまし」
デートのような街歩きをした時、ベネディクト様が助けたおじいさん。家名を聞いた瞬間に逃げるように去ったのが謎で、なんとなく覚えていた。
けど、お祖母様の手記を読んだ今ならわかる。あの人は、先王だ。私のお祖母様を断罪し、断罪し返された人。現国王陛下の即位が早かったのは、早々に王位を息子に継がせて、事の鎮火を図ったからだったのだ。第四王子に興味などなかったようだけれど、私を好きになっているとすれば、話は別。絶対に止めるだろう。
「興が醒めました」
凄い人混みだったけど、狐王子に言わせれば野猿なので。
ヒールは脱いで、ベネディクト様に持たせた。素直に持つところが可愛らしい。
人の頭を、肩を、腕を使って、飛んで跳ねてすり抜ければ、人混みなんてどうってことはない。体が小さいとこういう時に便利。慌ててベネディクト様が追いかけてきて、その時は皆道を空ける。
「私、結婚相手は決めましたので」
裸足で優雅にカーテシーを。
舞踏会を抜け出して、好き勝手に走り回った。邪魔な髪留めを取る。ドレスのスカートと髪が、ふわりと広がって、月明かりに透けた。気分がいい。
夜の中庭には金木犀が咲き乱れていて、甘くていい匂いがする。
「あははっ。凄いアホ面でしたね」
大笑いだ。くるりとターンして、ベネディクト様の方を向く。
「お見合いなんて、もう二度とごめんですよ」
お祖母様の婚約破棄から始まって、出会うはずのない人が結婚して、また違う出会いもして。すれ違っていた人たちが、数十年ぶりに誤解が解けて。色々と複雑すぎた。
「でも、もしお祖母様がお祖父様に出会わなければ、私たちも出会ってなかったでしょうね」
私は私だけど、普通の男爵家に生まれた普通の男爵令嬢だったかもしれない。
どちらにしろ下級貴族。侯爵となんて交わることなかっただろう。
くるくると回りながら、たらればを話していたら、ベネディクト様が静かに首を振った。
「それは、困る」




