プロローグ イベント最終日
石造りの迷宮、その中を二人の少女が駆け抜ける。
(時刻は23:50……イベント終了まで後少しだ!)
先頭を走る金髪のエルフ、厳密にはそのアバターを操作している『俺』は、心の中で気合を入れ直す。
ここはフルダイブ型MMORPGの世界、そしてイベント限定のダンジョン内だ。しがない社会人の俺は、中々ゲームに割ける時間がない。故に、こうして僅かな時間でイベントに挑む必要があったのだ。
行手に骸骨の魔物、3体のスケルトン・ウォーリアが立ち塞がる。
「『エンチャント・フレイム』!」
俺は手にした剣に炎属性を付与する。俺のアバター、『エルフの女騎士アイリス』は魔法剣士だ。武器に魔法を付与して戦う、魔術師と剣士のハイブリッドな職業。
ファンタジー系のVRMMOにおいて、これほど使っていて『楽しい』職業はない、と俺は考えている。魔法が扱えて、普段の自分では不可能な動き-ジャンプで攻撃を避けたり猛スピードで走ったり、そんな事が可能なのだから。
そして自分でいうのも何だが、アイリスのキャラメイクにはそれなりに拘っているつもりだ。まず、ファンタジーといったらエルフ。エルフと言ったら美形。そして俺が考える理想の美少女剣士、それを形にしたのがアイリスなのだ。
「散れ!」
アンデッドの弱点、炎の攻撃でスケルトン・ウォーリアを瞬殺する。道中の雑魚モンスターに時間はかけられない。だが、討伐数は稼いでおきたかった。
このイベントは通常のドロップアイテムの他に、倒したモンスターの数に応じて『抽選券』が手に入る。それを使って、レアなアイテムや武器、或いは衣装を手に入れられるのだ。因みにドロップアイテムというのは、モンスターが共通で持っている『魔石』や、倒したモンスターの部位等がある。換金したり、武器の素材に使う物だ。
話を戻すと、このイベントは抽選券が少なくても、イベント終了直後に行われる抽選の引き次第でレアな報酬が手に入る。この仕様は、俺の様なソロプレイヤー勢にとってありがたい話だ。プレイヤーの集まり、所謂クランに属するのではなく、一人でのんびりとプレイするのが俺のスタイルだ。一応は社会人だし、学生やプロゲーマーの様に膨大な時間を費やせる訳ではない。そもそも、何もゲームの中でまで集団に属して、色々と気を使う様な事はしたくなかった。勿論、大人数でワイワイプレイする事、それ自体は否定しない。あくまで俺個人の価値観だ。
……とまぁ、道中の魔物を倒しつつ、最奥のボス部屋へと向かう。残り時間は8分。既に何度かは、ダンジョン周回はしている。故に、次に来る魔物の種類は分かる。
ボス部屋の手前にいるのは、スライム、リザードマン、ヘルハウンド……コイツらは氷属性が弱点だ!
「『エンチャント・ブリザード』!」
剣に氷を宿し、そのまま流れる様な剣捌きをお見舞いする。この様に敵の弱点によって攻撃属性を切り替えるのが、魔術師や魔法剣士の醍醐味である。
よし、まだ時間はあるな!道中の敵を倒すのも慣れてきた!
残りはイベントボスの『ナイトメア・ドラゴン』だけだが、流石にこれ以上の周回は厳しい。できる限りの準備をするに越した事はない。魔力ポーション、素材ドロップ率上昇アイテム、いずれも使い捨てのアイテムだが、出し惜しみせずに使った。
そして、ボス戦で頼りになるのがこちらの『同行者』だ。彼女はサポートNPCキャラクター、ホムンクルスの少女『ルーナ』だ。彼女はあるイベントで手に入れたキャラであり、ソロ勢にとってありがたい存在だ。何せNPC、実際のプレイヤーの様に時間や会話に気を使う必要がないのだから。
まぁ他にも、『自分好みの見た目にカスタマイズできる』という利点も大きい。人造人間故に、どういった姿にするかはプレイヤーの裁量に委ねられる。
ウェーブのかかった銀髪のロングヘア、アメシストの様な紫色の瞳、回復・支援特化の『聖女』の職業、課金して手に入れたメイド衣装、そして限界まで盛ったKカップ相当のたわわなおっぱい。現在のルーナには、俺の好みがふんだんに盛り込まれている。
側から見れば変態チックな趣向かもしれないが、これはゲームだ。故に、俺は規約とマナーに沿った上で、趣向を優先したプレイスタイルで遊んでいる。プレイヤーの趣味趣向を反映させるのは、運営だって望むところだろう。
「今回も頼んだぞ、ルーナ!」
『了解です、マスター』
因みに、俺はゲーム内では『凛々しいエルフの美少女剣士』を演じている。ボイスチェンジ機能で、自分の声も女の子の物になっており、このロールプレイが中々クセになる。
さて、話をボス戦に戻そう。といっても、そこまで話す事はない。
『聖女の祈り-地神の剛腕』
『聖女の祈り-世界樹の叡智』
ルーナの最上級支援魔法で、攻撃力と魔法攻撃力を上げてもらい、
「『エンチャント・フレイム』!」
武器に炎属性を付与する。ここまでは道中と同じだ。だが魔法剣士には、武器に付与した属性に応じて、更に強力な技を出す『スキル』がある。
「『インフェルノ・ストライク』!」
纏った炎は更に勢いを増し、大振りの一撃となる。ナイトメア・ドラゴンもブレスで応戦するが、ルーナの強化を貰った一撃には成す術がない。炎のブレスごとボスを切り裂き、早々に戦闘を終わらせた。
「無事に間に合ったな。お疲れ様、ルーナ」
道中でルーナの魔力を温存させた甲斐があった。最大級の支援をボス戦時のみ使わせる事で、よりスムーズにクリアできた。やはり彼女は、このゲームにおいて欠かせない存在だ。
『いいえ、私はアイリス様のお役に立てて光栄でございます』
NPCはプレイヤー心をくすぐる事を言ってくれた。正確には、NPCにはボイスが実装されていないので、メッセージウィンドウではあるが。そしてルーナの言葉は長い間一緒に居たため、既に好感度レベルがMAXになっているのもあるが。
さて、流石にもう時間がない。ボス部屋備え付けの魔法陣でダンジョンの外へワープして、後は宿屋で回復、抽選の結果は明日確認するとしよう。
……あー、眠くなってきた。ひょっとしたら、これは寝落ちコースかもな。まぁ、寝たら寝たで、VRゴーグルがスリープモードになるだけで何も問題ないか……。
ここで『俺』の、『現世』での意識はここで途絶えてしまった。この事に気づくのは、もう少しだけ後の話である。