テン
「やっぱりなんの反応もないな。」
ヴェルケはソファーにもたれてパソコンをいじっていた。
「何やってんだ?」
ミゲルがコーヒーカップ片手に現れた。
戦闘服は脱いでシャツ一枚になっていた。
「インドールアルカドのダウンロードだよ。衛星は生きているから数週間前から試しているけどなかなか出来ないんだ。」
パソコンの画面の真ん中には半分くらいで止まった一向に動く気配のないバーがあった。
「それってWebミーティングツールの“すりぃ”シリーズの4部作だろ?確か大災渦前には“ネットのアルカロイド”って呼ばれていたヤツだったけな?なんでお前がそんなのを?」
「ニシキ博士がデータをくれたんだよ。だから遊んでみようと思って。」
ヴェルケは画面を睨んだまま言った。
「大災渦前のダウンロード数は3000万を超えた代物だ。で、その殆どが“エゴ(自分)ロッカー(閉じ込める)”いわゆる“ひきこもり”だった.........。」
ミゲルはシガレットケースからタバコを取り出した。
「火持ってねえか?」
「持ってないよ。あとタバコやめな。」
ミゲルは舌打ちをするとタバコを戻した。
「まったく新米のヤツ。面倒な客人を発見しやがって。」
ブツクサ言いながらミゲルはヴェルケの隣に腰を下ろした。
「あの娘にとっては不幸だな。こんな“命に嫌われた”連中に拾われるなんて。」
「ヘッ、“命に嫌われた”か........。」
ミゲルはコーヒーを啜った。
辺りは静かだった。時々波の音が聞こえて艀は揺れた。
「あの娘の世話は誰がやる?」
突然ヴェルケがミゲルの方を向いた。
「ああ、分かっているさ。もう決めている。」
ミゲルはニヤリと笑った。
「あの“別品さん”を誰が世話するのか。」
「誰だ?もしかしてニシキ博士?」
「いや。性別は同じでも年齢は同じじゃない。だから.......。」
「ん?ちょっと待て。お前もしや......。」
「そうだ。新米に任せた。」
ヴェルケは口をポカーンと開けたままミゲルを見ていた。
「冗談じゃないよな?」
「いや本当だ。」
ミゲルは即答した。
「今頃新米はニシキ博士に説明受けてるだろうよ。」
この会話はフィロの耳にも聞こえていた。
なんせ壁が薄いから広場の声が筒抜けなのだ。
「大丈夫。あんなこと言っているけどミゲルの嫌いなものは女と酒だから。」
ニシキ博士がご飯を乗せたプレートを運びながら言った。
「なんで嫌いなんですか?」
フィロは牛乳瓶を持っていた。
「聞いたとこによると.......虐待らしいぜ。あと彼女が男作って駆け落ちしたって事もあるな。」
博士が答えた。
「彼女がいたんですか?!」
フィロが思っているミゲルのいかついイメージが崩れかけた。
「まあ悲惨な最期を遂げたらしいけどな。それよりホラ、“別品さん”の部屋に着いたぞ。」
ニシキ博士はドアを開けた。
部屋は他の隊員達と同じように簡素だった。
壁は朱色に塗られた鉄板張り、そしてその壁側にはハンモックがかかっていた。
ハンモックの中にはあの女の子が寝ていた。
しかし違う点が一つあった。
髪の毛が黒色なのだ。
光の加減かと思ったその時、女の子が目を覚ました。
「紹介しよう。」
ニシキ博士が言った。
「テンだ。」