ぶっ放せ
「天使って.......あの天使?!」
「みんなに聞こえるでしょ!黙って!」
「だけど皆んなに説明しなくちゃ.........。」
女の子は俯いた。
すると何処からかモーターの反響音が聞こえた。
「ええい!!今度はなんだ!!」
ミゲルがヤケクソに怒鳴った。しかしその顔はすぐに青ざめた。
建物の陰から現れた“それ”は小型のモーターボートだった。
だが甲板や船体が黒く塗りつぶされていて妙に角張っていた。
「何だあれ?!」
ニシキ博士が叫んだ。
そう言ったのも束の間、ミゲルが叫び声を上げた。
「逃げろ!!あれは大日軍の小型PBRだ!!」
それと同時に機関銃の連射音が聞こえ、フィロの頬を鉛弾がヒュッとかすった。
ニシキ博士は女の子を守るためにうつ伏せになり、ミゲルは咄嗟にアサルトライフルを撃ち返した。
しかしアサルトライフルが防弾のPBRに効くわけがない。ミゲルが3発ほど撃ち終わった時には、再び数え切れないほどの鉛玉がフィロ達目掛けて突っ込んできた。
「早く、ボートへ!!」
ニシキ博士が叫んだと同時にアスノヨゾラ哨戒班の隊員は走り出した。
全員がボートに辿り着いた頃には機関銃の連射音は前より酷くなっていた。
「エンジンをかけろ!」
ミゲルがアサルトライフルを撃ちながら叫んだ。
すぐさまヴェルケがスターターハンドルを狂ったように回しだした。
PBRもそれに気付いたのだろう。そうはさせないと言わんばかりにエンジンを付けると、ゆっくりとボートに近づき始めた。まるでフィロ達の恐怖を舐め回すようにだ。
「このやろー!!」
ミゲルはアサルトライフルを迫ってくる船首に撃ち続けた。だが弾は火花を見せたかと思うとペシャリと潰れてしまった。
「エンジンは!??」
ニシキ博士は女の子を抱き抱えながらパニックになっていた。
「クソ!こんな時にエンストだ!!」
ヴェルケの顔が真っ青になった。
「ええええええ!!!!!」
ニシキ博士が女の子を潰れんばかりにギューっと抱きしめた。
かわいそうに、女の子は酸欠になりかけていた。
PBRはボートのギリギリまで近づくと、船首に付いた機関銃のターレットがグッとフィロ達を見下ろした。
ー撃たれる。
全員がそう思った時だった。
カチッ!!
軽い金属音が聞こえた。
カチッ!!
「このポンコツが!!」
船首を見上げるとターレットがパカリと二つに分かれ、ガスマスクをつけた兵士が身を出した。
手にはM28光線けん銃を構え、銃口は女の子の方にきっちり向けられていた。
「さあ、手を上げろ。」
ガスマスクを通して聞こえる声は不気味なぐらいこもっていた。
「ははー。アメリカご自慢のM2機関銃が弾詰まりか?そしてそんなピストルで俺達を脅そうと?」
ミゲルがニヤリと笑った。
「ふん。俺たちはお前のような小汚い国境警備員には用はねぇんだよ。」
兵士は以前と拳銃を向けたままだ。
「何が小汚いだ!!」
ニシキ博士が怒鳴った。
「お前らが無断で侵入したじゃないか!!この西側の豚が!!」
「アジア人は黙っとけ!!」
「この!!」
彼女が拳銃をホルスターから出す前に、女の子がニシキ博士の腕に噛みついた。
「俺たちはその嬢ちゃんに用があるんだ。」
噛みついて離れない女の子を振り落とそうと奮闘しているニシキ博士を見ながら兵士は言った。
「売春か?」
またミゲルが笑った。
「大災渦前のニホンでは相当の数の若い子らが被害に遭っていたとか.......。だけど残念。その“子うさぎちゃん”は“売り物”じゃねえよ。」
そう言うと彼はライターでタバコに火をつけた。
「馬鹿野郎!こっちは政府の許可があるんだぞ!」
兵士は怒り狂ったように叫んだ。
「政府の許可が何だろうが、お前らの目標がこんなか弱い女の子だろうが、誰が迷子の子供を不審者に引き渡したい?!!このロリコンが!!!」
ミゲルも負けじと怒鳴った。
「発砲の許可は出ているんだぞ!!」
ピストルの銃口がミゲルの方に向いた。
「へ!!ならその光線銃で俺を撃ち抜いてみろ!!俺は誰かが助かるなら喜んで射殺されるぜ!」
ミゲルは大声で笑った。
「実感しろよ!!人の命がどんだけ重いのか!!そしてどんだけ軽く吹き飛ぶのか!!!」
ニシキ博士と女の子は固唾を飲んで見守り、ヴェルケは失神寸前だった。
「.......なら殺してやる。」
兵士の指がピストルの引き金にかかった。
突然フィロの手が勝手ににポケットに伸ばされた。ミゲルからもらったピストルが手に当たる。
それを持つと今度はグッと引き出し、兵士の方に向けた。
「フィロ!何を!??」
ヴェルケが手を伸ばした。
「いいぞ新米。」
ミゲルが叫んだ。
「そのままぶっ放せ!」
しかしフィロは一瞬見てしまった。
誰が自分を操っているのかを。
あの女の子だ。その子がフィロと同じ体制になっているのだ。しかもその子と動きが連動している。
突然女の子がこちらを見た。
そして笑いかけたのだ。
ーなんだ?あいつ.......
バァン!!!!!
弾丸は兵士のヘルメットを貫通した。
撃たれた兵士はそのまま真っ逆さまに緑色の水に転落した。赤い血がもうもうと水中に広がった。
「やったら出来るじゃないか!!!」
ミゲルは歓声を上げた。
フィロは拳銃を持ったまま放心状態だった。
頭の回転が付いていけない。
しかし混乱してもある事は変わらなかった。
人を殺した。
自分は人を撃ったのだ。
多分頭に命中したからもうとっくに死んでいるだろう。
しかし拳銃を取り出したのは自分の意思ではない。
拳銃が音を立てて手から落ちた。
自分の手をフィロはボーッと見た。
今この瞬間、平凡な自分の手から人殺しの手になった手だ。
この手で自分は今人を一人殺めたのだ。
この手で撃ったのだ。
この手が勝手に撃ったのだ。
「フィロ。大丈夫か?」
ヴェルケの声が聞こえた。
「いいか新米。」
ミゲルはフィロの顔を見た。
「アイツらは俺達より人を殺してるんだ。そいつらを撃って何が悪い。神さんも許してくれるだろうよ。」
そして最後に
「まあ一人殺したってこの世界には何にも影響がないっつう事だ。」
と付け足した。