毒の魔女と解毒少年
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
人間は1人でも何とかやってける。でも、やっぱり誰かといたいものです。
とある王国の最北端、誰も入らない森の奥。小さくも高貴な屋敷に、1人の女が隠れ住んでいる。彼女は今日も、毒の生成を行っていた。
様々な材料を混ぜていけば、透明な液体の出来上がり。試しにそれを1滴、銀の欠片に垂らす。じゅわっと焼けるような音がした後、変色した。
「今度は誰を殺すつもりなのかしら。ま、関係ないけど」
粗熱を取って瓶に入れれば、もはや水飴。一目じゃ毒だと気付けない、我ながら良い出来だ。自信作を前に、魔女は意気揚々としていた。
悪党ご用達の【毒の魔女】として、様々な毒を作るパトリシア。顔に大きな火傷があるが、元々の容姿も優れてないので気にしていない。都では指名手配されており、数年前からこの森に潜んでいる。
長いこと作業していたので、息抜きに屋敷の外に出た。静かで誰もいない、心地良い森の屋敷。見つけてくれた悪党仲間には感謝だ。
「・・・ん?」
ふと敷地に横たわる、何かを見つける。狩られた鳥?行き倒れの獣?数秒して、それが「人間の少年」だと気付いた。綺麗な金髪と裏腹に、汚れた布の下、傷だらけの体が見える。
「ヤダ、逃げ出した奴隷かしら。汚いわね」
だがここにいる以上、放置するわけにいかない。助けるなら好きに使わせてもらおう。開発した毒の実験台にしようか、使用人としてこき使ってやろうか。
いずれにせよ、まずは手当てだ。毒を扱うため、治癒にも詳しい彼女。応急処置を施している間に、少年は目覚めた。
「・・・んぅ、え!?」
パトリシアの顔を見た途端、飛び起きた少年。火傷の痕に驚いたようだ。
「あら、手当てしたのに失敬じゃない?」
不機嫌そうなパトリシアに、少年は助けられたと気付いたのだろう。慌てて立てば「助けていただき、ありがとうございます!」と頭を下げる。常識と礼儀は培われているようだ。話は出来そうなので、会話を続ける。
「私はパトリシア。助けたからには、私に従いなさい。まず貴方、名前は?」
「え、あ・・・」
少年は気まずそうに、声をくぐもらせる。もしや奴隷だから、自分の名前が無いのだろうか。勘づくパトリシア、次の瞬間に「テッドと呼ぶわ」と言い放つ。
「テッド?」
「かつて飼ってた犬の名前よ。子犬みたいな貴方にピッタリでしょう」
ここでは彼女がルール、全てが思うがまま。見下しの意も込めたが、名前を与えられた彼は嬉しそうだ。どこから来たのか、何故ここにいたのか、聞いても無駄だから気にしないでおく。
「どうせ頼れる宛も無いのでしょう?ここに置いてあげるわ」
驚く少年を屋敷に上げて、風呂と着替えをさせる。そうして綺麗になったテッドに、温かいパンとスープを用意した。
「わぁ、美味しそう!いただき・・・」
「まだ食べないで、仕上げがあるから」
パトリシアは、先程の毒が入った瓶を取り出す。そして水飴のような液体を、パンやスープにサッと回しかけたではないか。戸惑うテッドに対して、クスッと笑みが浮かぶ。
「新しく作ったその毒、どんな効果が出るか確認して頂戴」
「ど、毒!?」
「私は【毒の魔女】、貴方にはこうした利用価値があるから助けたのよ。解毒剤もあるから、安心して実験台になりなさい」
「・・・わ、分かりました」
怯えて青ざめているが、拒否権は無いと分かったようだ。テッドはゴクンと息を飲み、おそるおそる食事をする。予想通りなら、口に入れた瞬間に痺れて、体に悪寒を感じた後、数十秒もせずに動けなくなるはず。さて、実際にはどうなるか。
早速パンを一口囓れば、サクッと香ばしい音が聞こえる。スープもハフハフして口に入れれば「美味しい!」と喜ぶテッド。既に30秒経過したが、痺れている様子は無い。パトリシアは「ん?」と戸惑い出す。
その後も美味しそうに、もぐもぐ食事を続けていく少年。全てを食べきっても、全く苦しそうでない。何も起きない状態に、毒の魔女は動揺を隠せなかった。
「パトリシア様、ご馳走様です。お風呂と着替えだけではなくて、温かいパンとスープも用意して頂けるなんて」
「テ、テッド・・・何ともないの?」
「はい、とっても美味しかったです。毒と言われて怖かったですが、何も起きなくて安心しました。優しいパトリシア様が、そんな怖いことしませんもんね」
まさか、時間経過で毒が消えた!?パトリシアは新しい銀の欠片を取り出し、瓶に残った液体を1滴垂らす。一瞬で、銀は先程のように変色した。
(毒性はあるはずなのに。食べ物と摂取するといけないの?)
混乱した魔女は、パンの欠片を手に取り、また1滴だけ乗せて口に放り込む。一瞬で襲ってくる、激しい痺れと痛み。あまりの辛さに、口を押さえて倒れてしまう。心配するテッドを前に、解毒剤を一気飲みして、なんとか事なきを得るのだった。
その夜、テッドが寝静まった隣で、パトリシアは血眼で調べていた。やはり時間が経っても、彼が苦しむ様子は無い。何故この子供に、毒は効かなかったのか。屋敷中から色々な本を引っ張り出し、真剣に目を通す。
ふと古い書物で見つけた、悪い状態を消す希少なスキル【浄化】。この王国には魔法に似た「スキル」を持つ者が、一定の割合で存在する。誰もが偶発的に得る可能性があるため、奴隷が密かに持っていてもおかしくはない。
「浄化の下位互換に、下級スキルの【解毒】があるですって?でもそうした力は、使えば使うほど弱まっていくのね」
それなら話は早い。使用人としてこき使いつつ、毎日毒を摂取させて、解毒スキルを弱らせる。魔女にうってつけの、使用人兼実験台にしてしまおう。
「明日からもご飯を食べてもらうために、食事には気をつけた方が良いわね」
ふと目に入ったのは、偶然持ってきていた古いレシピ本。パラッと開けば、過去の試行錯誤の後がびっしりと残っていた。どうすれば美味しく出来るか、どんな料理が皆に好まれるか、あの頃は夢中だったのが見える。
滲んだ文字に懐かしさと空しさを感じて、ペラペラとページをめくるのだった。
○
「パトリシア様、おはようございます」
「おはよう、朝ご飯にしましょうか」
2人分の朝食を用意して、テッドの分にはサッと毒を回し入れる。今回はどうだ、今度こそ効果が出ろと、密かに燃え上がりながら。
「わぁ、このポタージュ美味しいです!」
「そう、嬉しいわ。野菜を摺り下ろすのは大変だけど、食べやすくて良いのよね。昔は良く作ったし。で、今日も何ともない感じ?」
「僕の味覚、おかしいんでしょうか。毒が入っているか分からないんです」
「私の毒は空気のようなモノ、味や食感に表れないわ。希少スキルは凄いわね」
今回も失敗。ふぅと肩を落とす一方で、美味しそうに食べるテッドを見ていると、不思議と気分は悪くなかった。
共同生活を始めて数ヶ月が経つ。彼の解毒スキルは健在で、毎食毒を摂取しても全く倒れない。若くて羨ましい、と25歳のパトリシアは密かに羨む。
使用人が出来たお陰で、彼女は日中の大半を調合に費やせるようになった。様々な毒を作れる一方、テッドの解毒スキルを弱らせるのに必死で、仕事が多少手詰まっている。多少なので、問題ないはず。
テッドはパトリシアの言いつけ通り、食事はしっかり食べて、掃除や洗濯に励む。10歳の割に読み書きが出来るし、どこか大人ぶっているが、素直で良い子だ。
「どんなご飯も、美味しそうに食べるのよね。作る甲斐があるわ」
数少ない趣味で、好きである料理を褒められると嬉しい。直接「美味しい」と言ってくれるのは、彼が初めてだ。幼い頃は・・・。
ふと昔を思い出しそうになり、ブンブン首を振る。いけない、過去は捨てたんだ。今は現在だけに集中しなければ。
「あとは数十分、弱火で煮込むだけっと」
待っていても退屈なので、もう1つの趣であるの読書をしよう。屋敷のアチコチに本はあるが、大体は書庫室に保管している。テッドにも自由に使って良いと言っているので、よく一緒になることも多かった。
「あっ、パトリシア様」
「・・・あら、その本」
絵本のようなイラストに、分かりやすい冒険の物語。一方で汚れや歪みが激しく、ところどころ破れている本。昔のパトリシアがよく読んでいたモノだ。よく引っ張ってきたなと驚く。
「それ、かなり読みにくいでしょう?私がもっと小さい頃の本だから」
「確かに昔の本ですが、何度読んでも面白いですよ。僕も幼い頃から読んでて」
今も幼いのでは、という返事は伏せよう。テッドは自分なりに一人前だと思っているのだから。
「それにしてもパトリシア様、本当に沢山の本を持っていらっしゃるんですね。僕も本が好きなので、こんなに読めて嬉しいです!」
「そ、そう」
これ以上の会話に困った魔女は、適当な本を取り、ゆりかご椅子に腰をかける。細かい文字をしばらく見ていると、瞼が少し重くなった。
(少し寝ますか・・・)
目を閉じた途端、忘れたい過去が走馬灯のように浮かんでくる。
パトリシアは、とある子爵家の次女だった。美しい姉の影で育つ、地味な少女。好きな読書と料理ばかりして、ずっと1人で過ごしていた。
しばらくして、姉が希少スキル【回復】を持つことが判明。それによる仕事も多くなり、少しでも姉を手伝おうと、薬の調合や研究を学んだ。しかしその際に酷い火傷を負ったことで、家族と完全に距離を取られてしまう。
そして、姉に格上の貴族令息との縁談が上がった時。醜い妹は婚約の障壁で、子爵家の汚名だと思ったのだろう。彼女を一方的に追い出したのだ。
小遣いほどの金と私物だけ渡され、家無き者になってしまったパトリシア。必死に仕事を探すが、醜い容姿で誰からも嫌われて、綺麗な雇い先は見つからない。そんなところを、悪党集団に拾われたのだ。
薬の知識を応用して毒を作れば、抜群な効能を褒められた。膨大な報酬を貰えば、いつしか毒を作るのに抵抗も罪悪感もなくなる。そうして裏の世界に馴染んでいき、【毒の魔女】と呼ばれるまでになった。
犯罪やら非道やら言われようが構わない。
手を汚した?心が歪んだ?そんな自分に、何も感じない。
これで良い、これしか無かった。醜い自分が、生きる理由は。
「・・・様、パトリシア様!」
ハッと目覚めれば、心配そうな顔をしたテッドが目の前にいた。頬に伝う液体で、自分は泣いているのだと気付く。
「な、涙が・・・」
「あ・・・昔の夢を見てただけ。驚かせてごめんなさい」
彼は心配そうに、そっと彼女の涙を拭う。かなり格好付けた行動だ、どこで知ったのだろう。
「パトリシア様が泣いていたら、僕も悲しいです。出来るなら、もっと貴女の笑顔を見たい!」
そんな言葉に、パトリシアは思わず笑みをこぼす。まだ子供なのに、どこでそんな言葉を覚えたのやら。そんな可笑しさもあるが、久しぶりに感じる楽しさだ。
少年はここに来てから、孤独だった魔女を救っている。こうして笑うなんて久しぶり・・・と何かに侵されそうになり、慌てて思考を止めた。
「ありがとう、もう大丈夫よ。そろそろご飯が出来るから、先に行ってるわね」
部屋から出て、廊下の冷たい空気を吸えば、感情の昂ぶりも治まってくる。残りの涙は素手で拭い、平常を取り戻そうとするのだった。
●
パトリシアは悩んでいた。テッドとの関わり方を。
彼がここに来てから、毎日が楽しい。初めて心を通わせられる、大切な人に出会えた。もっと一緒にいたい。こうなったら、家族として置いてしまおうか。
いやいや、何を勘違いしている。彼は使用人兼実験台、そこに愛情も情けも無い。あるのは利用価値だけ。これ以上、変な思いを抱えてしまったら・・・今の自分を受け入れられなくなる。
彼とこのまま暮らしたいという人心と、実験台なんだから利用しろという鬼畜。その間で揺れて、頭が痛い。今の強くなった自分に、過去の弱い自分が邪魔をしているのだ。いや、待ったをかけてくれている?
答えも出ないまま時が過ぎ、とある夜に外へ出たパトリシア。冷たい夜風に当たるも、自分の頭は冷えそうにない。
「どうして・・・これ以上、続けたくないのに」
「おいおい、そんなんじゃお互い困るだろ。毒の魔女さんよ」
ふと聞こえてきた声。闇からヌッと現れた、同じ色の装束の男達。悪党集団の仲間だ、対面は久しぶりである。
「ちょっと良い話が出来たから、わざわざ来たと思えば・・・今更やめたいと?」
「あら、別に毒の調合のことを言ったんじゃないわ。そこは安心して、で、何?」
なら良い、と男達は素っ気なく流して、話を切り出す。
「お前の毒の調合に使えそうな、新しい原料が見つかったんだ。なんでも異国からの珍しい輸入品だとよ。見るか?」
1人の男が籠から見せたのは、確かに希少な草花と粉末だ。だが既に彼女が持っているモノばかり。何故今になって、こんなモノを?
「悪いけど、それは・・・ってあれ、他の奴は?」
「えっ、あっ、いやぁ。気にすんな、それより気に入ったのはあったか?」
「いや、だから」
ーーーガタッ
ふと背後で聞こえた物音。気付けば屋敷に、男の仲間が侵入していくのに気付く。
「なっ、何してんの!?何を・・・」
追おうとしたパトリシアの首筋に、男は短剣を突きつけた。
「けっ、悪いな毒の魔女。お前との縁もここまでだ。最近仕事も遅れ気味で、そっちより良い得意先を見つけたからな。お前を殺したら、使えそうなモンだけ奪ってトンズラさせてもらう」
「なっ、なんですって・・・!」
まさかこうして、一方的に捨てられるとは。いや、正直もうどうでも良い。コイツらと繋がっていることに、最近は自分を許せなかったから。
だが・・・テッドはどうなる?奴らに会ったら連れ去られる?口封じされる?
もう、やるしかない。全てを悟った魔女は、自ら隠し持つ「最後の手段」を取り出した。
パトリシアが作っていた毒薬、持ち出せそうな研究道具など、金になりそうな物を次々と詰める男達。ガチャガチャとうるさい音がすれば、テッドはすぐに気付く。隣の部屋でジッと、男達の様子を観察していた。
(強盗・・・パトリシア様は!?いや、まずは奴らを止めないと)
テッドの決断は早い。よく使う箒を武器の代わりにして、背後を取った男達に飛びかかった!1人の背中を突けば、呆気なく倒れる。
「うおっ!?魔女以外の奴がいたのかよ」
「全員動きを止めて、手を上げろ!」
「けっ、ガキが舐めやがって!」
男達は各々武器を構えるが、テッドは少しも動じない。倒した男から剣を奪えば、複数人相手に立ち向かう。その動きはお遊びではない。確実に訓練を受けている身のこなしだ。
しかし人数差や体格差もあり、腹に強烈な蹴りを入れられてしまう。ゲホゲホと咳き込みながら、倒れ込む。それでもヨロヨロ立ち上がるテッド。もはや怒りと根気だけで、悪党たちに立ち向かっていた。
「お前ら・・・最近都で暗躍する、悪党集団か!」
「チッ、色々知ってるガキだな。ってことはあの女が【毒の魔女】として、指名手配されているのも知ってんだろ?なんで逃げねぇんだよ」
返事に悩んでいるのか、テッドはしばらく何も言えなかった。ハァハァと辛そうな呼吸だけが漏れる。
「ま、どうせ脅されたんだろ。自己中な女の考えだ、人を簡単に道具にしやがる」
「鬼畜の心しかねぇだろ、あの悪女」
「ま、コッチが言えることじゃねぇけど!元お貴族様が落ちぶれていくのは、いつ見ても嗤えるぜ」
ギャハハと汚い笑いが響き、テッドはギュッと拳を握る。何も言い返せず、奴らの好き勝手にさせているのが辛い。そして、何より・・・。
ーーーバシャッ!!
嗤う男達の背後に、突如かけられた液体。ジュワッと焼けるような音がしたと思えば、「ぎゃぁあああ!」と男達の悲鳴が響く。両手のただれたパトリシアが、隠し持っていた数多の毒薬を、彼らに撒き散らしていたのだ!空気に触れて気体になった毒は、ガスとして部屋中に蔓延する。
男達は火傷に犯され、もだえながら倒れていく。毒をもろに受けたパトリシアも、顔を青ざめて膝を付いた。唯一全く苦しくないテッドは「パトリシア様!」と、慌てて彼女に駆け寄る。
「テッド・・・ゴメンなさい。私、奴らの仲間なの。だからここで死ぬわ。この屋敷は危険だから、早く逃げなさい」
ゴホゴホと咳き込む内に、吐血もし始める。
「ま、待っててください。今から解毒しますから・・・!」
そう言っても下級スキルは保有者にしか効かず、解毒剤も間に合わない。何もしなくて良いという意を込めて、彼の顔を優しく撫でた。
「テッド・・・貴方と出会えて、良かった」
その言葉で力尽き、ガクッと意識を失った魔女。少年が何度名前を呼んでも、彼女は目を開かない。毒の魔女が自らの毒で死ぬとは、なんとも皮肉な最期だろう。
でもこれで良い。大切な人を守れて、幸せだから・・・。
「嫌だ、嫌だ!貴女をここで失いたくない!
お願い、まだ生きてください!貴女は、僕の・・・」
眩い光が、歪む目の前を包む。これは死後の世界への入り口?なんて暖かいんだ、どんな世界へ連れて行ってくれるのだろう・・・。
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魔女パトリシアの視界には、真っ白で清潔な天井が広がっていた。天国に行く価値は無いし、地獄にしては優しすぎる。
ここは・・・現実?ヨロヨロと起き上がれば、ただれた両腕や顔が手当てされているのに気付く。
「お目覚めか、魔女パトリシア」
見慣れない男が声をかける。彼は騎士を名乗り、ここは都の病院だと説明された。あの日、悪党の目撃情報を追って、あの屋敷に騎士隊が突入した。そこでパトリシアをはじめとした悪党全員を確保。現在は全員が別々の病院にて、監視付きで入院しているという。
「意識が戻ったら知らせるよう承っている。少し待っていろ」
そうして1度、部屋から出て行く騎士。そうか、自分は生き残ったのか。我ながらしぶといなぁと呆れる。
それよりもテッドは大丈夫だろうか。無事でいてほしい。守れるなら自滅しても良いと思い、アイツらに毒を撒き散らしたくらいだから。
「パトリシア様!」
彼女の前に現れた、見知らぬ金髪の青年。しかし声や顔に、魔女が思い続けた少年の面影が残る。彼は泣き笑いながら、こ綺麗な瞳を向けた。
「良かった、スキルは成功したんですね!あの時僕を守るために、毒を使った時はどうしようかと・・・」
「・・・え」
見知らぬ青年が、少年しか知らないことを話し出した。5秒経って、ようやく「テッド?」と口を開ける。
「はい、テッドです。貴女に助けられた、元・解毒スキル持ちの使用人です!」
どういうことだ?まさか自分は10年以上眠っていた!?混乱を始めるパトリシアに、今度はテッドが微笑みながら説明する。
テッド、本名テオドールは、騎士隊の若きエースとして活躍する20歳の青年だ。しかし巡回中に悪党集団から奇襲され、【呪術】により子供にされてしまう。捕縛されそうになったのを逃げ切り、あの森を彷徨っている間に、パトリシアのいる屋敷に辿り着いたという。
「呪術って・・・術者が解除するか、【浄化】を使わないと解けないわ。貴方が持っていたのは、下位互換の解毒スキルじゃ」
「僕の解毒スキルは、パトリシア様のお陰で進化できたんです」
「し、進化?」
スキルの酷使は、弱体や消滅をもたらすのは周知の事実。しかしテッド曰く、最近の調査でスキルは適度に使うことで進化することが判明したのだ。
「貴女に助けていただいた数ヶ月間、毎日毒を摂取して、僕の解毒スキルは適度に働きました。そうしてスキルは成長し、上位互換である浄化に目覚めたんです!
あの時、僕は毒ガスを浄化すべくスキルを発動しましたが・・・どうやらその際、僕に掛けられた呪いも浄化したみたいで。この姿に戻り、騎士隊の仲間(さっきの監視)も気付いて、こうして戻ってこられたんです」
「へ、へぇ・・・」
まだ頭が追いついていないが、とりあえず納得したパトリシア。ともかくテッドが無事で良かったと、胸をなで下ろす。
だが本当の彼を目の前にして、自分との違いに怯えていた。整った顔立ちに、滑らかな金髪。騎士団の若きエースとも呼ばれる好青年。醜い女とは比べものにならない。そもそも自分は犯罪者だ、助かっても結局は別れるだけ。
(本当、短い幸せだったわね・・・)
フッと影を落とす彼女の前に、テッドは突如サッと跪いた。
「パトリシア様!僕、いえ、私と結婚していただけませんか!?」
「・・・え?」という反応まで8秒。随分早口で、それでいて力強く告げたテッドに、戸惑いを隠せない。
「元々あの集団は、行き場のない弱者を酷使して、不要になれば口封じして使い捨てていたんです。我々もその実態を危険視して追っているものの、彼らの救済はおろか、組織の尻尾すら掴めない状況が続いていました。
しかし今回貴女を救い出し、組織の一員も捕らえることが出来た。そこで貴女を重要人物とし、騎士隊に協力することで、罪人としての処分は軽くすると承っております。
僭越ながら、貴女の出自や経歴は調べさせていただきました。実家から勘当されたご令嬢だと、把握しております。で、ですので・・・宜しければ、我が家の元で活かしていただけないかと!」
まさか数日寝ている間に、そこまで話が進んでいるなんて。しかし何故結婚に繋がるか、上手く理解できない。罪人を娶って良いの?そんな不安を目で訴えれば、サッと手を差し伸べられる。
「見知らぬ子供だった私を受け入れてくださったように、今度は貴女を受け入れたい。実家や上部と三日三晩で交渉を続けて、ようやく実現したのです。
あとは貴女からの返事だけです。貴女は必ず、僕が幸せにしてみせます!だから、どうか・・・」
顔を真っ赤にして、涙目になりながら、必死に訴えるテッド。その様子がどこか可笑しくて、それでいて愛おしくて。彼を手放したくないと思う程、自分はまだまだ弱いままだった。
いや、彼と共に強くなれる。ここで別れたくない、もう少し隣にいたい。認められるなら、もっと2人で幸せを作っていきたい。
気付いた時には、伸ばされた彼の手にそっと右手を乗せていたパトリシア。
「あ、あっ・・・!」
「容姿も醜く身分も低い、何も無い者ですが・・・よろしくお願いします」
「そ、そそそ、そんなことありません。貴女は私が出会った中で、とても素敵な方ですよ!常に努力する熱心な方ですし、美味しいご飯も作ってくれて・・・!」
またまた赤くなるテッドに、アハハと笑ってしまうパトリシア。彼女の病室は、その日は和やかな時間が流れていた。その後、かの悪党集団は急速に弱まり、完全に消滅するのは、もう少し先の話。
2人の時間は、まだ始まったばかり。それを祝福するかのような晴天の空は、どこまでも眩しかった。
fin.
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