遭遇
その景色を見て、一人の男が地べたに倒れた。それにつられて、みんなも仰向けに倒れる。もうこの丘の先へ進めない、一歩たりとも歩けない。そんな疲労を感じた。
気を抜けば死んでしまいそうな疲労と、今にも蒸発しそうな渇きのなか、男たちは真っ青な空を見上げて話をした。
団長「すまないみんな……」
ラクレス「誰のせいでもないですよ」
砂の上は案外心地良くて、ラクレスは眠たくなった。
依頼人「ここで終わりか……」
旅人「そうみたいですね」
みんな死ぬのは嫌だったが、涙を流す人も、嘆く人もいなかった。それほどまでに体が渇き、疲れていた。
ラクレス(体が重い。眠たい。)
その感覚に誰も抗おうとはしなかった。深く沈んでゆく感覚に身を任せ、皆ゆっくりっと瞼を閉じ、そして眩しすぎる空にとばりが降りてゆく。それぞれが眠りつこうかというとき、男たちは頬に暖かい陽の光を感じた。沈黙の中、目を瞑っていたラクレスは小さな声でつぶやいた。
「家の寝室の匂いがする……」
あくまで気のせいだったが、その声にみんなの閉じかけたまぶたがゆっくりと開いた。そして長い沈黙の中、ラクレスがもう一度想いを口にする。
ラクレス「帰りたかったな……」
それを聞いた男たちが小さな声で言っていく。
団長「あぁ、もう一度お前らとバカ騒ぎしたかった」
貪欲な男「俺はこんな所で終われねえのによ…」
旅人「僕だって自分の夢を達成できてないさ」
大食漢「まだ美味しいもの食べきれてないのに……」
依頼主「あぁ、やり残したことばかりだ……」
ラクレス「一つ… たった一つでも願いが叶うなら…… 何を失ったっていいのに」
悔しさと悲しさが混じったような気持ちで空を見つめた。すると、ここまでラクレスたちを導いたあの白い鳥が、ラクレスたちの方に飛んでくるのが見えた。そして倒れ込む一団の頭上を少し舞ったあと、彼らのすぐ近くに着地した。
自分が何人もの人を死に追いやったとは知らないであろうその鳥は、悪びれもせず砂漠に寝転がる彼らを見つめた。それを見て、男たちの心には激しい怒りが込み上げた。夢も命も全てを奪われるような憤りのなか、鳥を見つめる。すると、貪欲な男がゆっくりと立ち上がって言う。
貪欲な男「よくも俺たちを地獄に連れてきてくれたな……」
その鳥へ向けて、そう言うと。わずかに残った体力を削りながら、鳥めがけ歩き始めた。
貪欲な男「お前も一緒に地獄に連れってやる……」
怒りのこもった言葉を吐くと、今度は腰にしまっていたナイフを取り出した。しかし鳥が逃げ出す様子は一切ない。そして鳥に手が届くほど近くなると、今度は枯れた喉で叫んで、ナイフをその鳥めがけ振り下ろした。
しかしその瞬間、鳥の体が白く強烈に発光した。
月と太陽と全ての星をひとまとめにしたように強く、美しい光で、男は思わず手を止め、目を瞑る。
しかしそれでも眩しくて、遠目から見ているラクレスの心臓まで光に照らされるような気がした。
そして今度はその鳥が軽く翼を羽ばたかせた。すると竜巻のような風が起こり、地面の砂が爆発したかの如く舞い上がる。世界は白い砂と光に包まれて、何も見えなくなった。真っ白な世界のなか、風はどんどん強くなってゆき、やがて男たちの体が宙に浮いた。
彼らは鳥が起こした突然のことに恐怖を感じ、パニックを起こしながらも、どうにか吹き飛ばされぬよう互いの手を取った。弱々しい木々が竜巻に耐えるように、手を強く握って踏ん張った。
すると風は少しずつ弱くなり、皆の足がようやく地面に着く。
(何が起こってるんだ?)
(あの鳥はなんだ?)
(おかしい… 何かがおかしい……)
男たちは驚きで声も出ないまま、様々な考えを巡らせてあたりを見回す。すると初め鳥がいたところに人の影があった。視界を微かに遮る砂のせいで未だ全体像は掴めないが、
確かにそこに誰かがいたのだ。
男たちは、呼吸を乱しながらもなんとか立ち、舞い上がった砂が徐々に落ちてゆくのを両目で見つめた。そして視界が晴れると、
そこに立っていたのは、人の形をした美しい『何か』だった。
人のような体は不思議なほど白く、その上に純白の衣を纏って、まるで美しい石膏像のようにたたずんでいる。肌はミルクを垂らしたように白くなめらかで、胴体から手足の指先に至るまでの全てが、この世のものとは思えないほど洗練された、人間の胴体がそこにあった。しかし……
それには首から上がなかった。そして、その背中には白鳥のような大きく美しい羽がついていた。纏った衣と背中の羽根が美しく風に揺れ、その姿はまるで女神のようでもあり、天使のようでもあり、なにか偉大な生き物のようでもあった。
何もない砂漠で鳥が突然、美しくも謎めいた『何か』に化けたのだ。彼らは人生の全てをこの白い砂漠の周りで過ごしてきたが、こんなものは見たことも聞いたこともなかった。
ラクレスはその明らかに異様な光景に、夢か? 幻影か? それとも既に死んでいて、ここは冥界なのだろうか? と己の眼を疑った。しかし、肌に感じる砂と風と日光の感触と、体に残る確かな疲労は明らかに現実のそれだった。
突然現れ、翼を広げてたたずむ白い『それ』を見たラクレスは畏怖と衝撃が全身を巡るのを感じた。これほどまでに人々を圧倒する存在に出会うのは人生で初めてだった。
ラクレスは神も女神も見たことがなかったし、信じてもいなかった。しかしそれを見て即座に思った。これは神か、それに近いなにかだと。
フィロソフィアを読んでくださりありがとうございます! 僕は高校3年生なのですが初めて小説というものに挑戦してみました。受験勉強の合間を縫って頑張って書いた小説なので、好きになってくれたら嬉しいです!
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