呪いをかけた令嬢の末路
いらっしゃいませー
え?いつもの呪術師はどうしたって?
ああ、あいつは私と入れ換えでどこか行きましたよ。まったく。師匠に断りなく何日も行方を晦ますなんてとんだバカ弟子ですよ。すみませんねぇ。
呪術師に見えない?
あー、まあ皆さん全身真っ黒の陰気な人を想像してますもんねぇ。弟子もイメージが大事だとかでそんな格好してましたし。
でも、呪術ってのはお客様の怨み辛みを糧に成立するもんなんで、私自身は誰も恨んじゃいない、ただ呪術に適性があったってだけの善良な人間なんですよぉ。
あ、そんな胡散臭いものを見る目で見ないでください。確かにこんな職業で善良も何もありませんねぇ。
あっはっはっ。
それで、お客様は何のご用事で?え?見れば分かるだろって?
そうですねぇ。見事な呪い返しを食らってますねぇ。立つのも辛い?ああ、失礼しました。どうぞお掛けになってください。この薬草茶を飲めば少しは落ち着くでしょう。
バカ弟子がかけた呪いが返ってきたんですね。
それで、どうしてこうなったのか、なんとかしてほしいと。
原因を探りますので呪いをかけた相手と理由を聞かせてもらえますか?
…ふむ。お相手は公爵令嬢。しかも王太子殿下の婚約者。お客様は殿下の恋人で自分が殿下と結婚したかったから呪いをかけたと。
要約すればこういうことですね?
あらあらまあまあ。
バカ弟子が逃げるように出ていったわけが分かりましたよ。この依頼を受けた上にお客様に何の説明もしなかったのですね?
これはおしおきが必要ですねぇ。
お客様、大変申し訳ございません。
本来そのようなご依頼は受けるべきではありませんでした。
何故なら、呪いが返ってきて当たり前だからです。
高位の貴族様は何かと恨みを買いやすく、高位であればあるほど呪いをはね除けるアイテムを常にお持ちです。王太子殿下の婚約者ともあろう方が持っていないわけがありません。
弟子は金に目が眩んだのでしょうね。
本当に申し訳ございません。
呪い返しという形になってますが呪いが完成している以上返金はできません。でも、特別にそのちんけな呪いくらい無料で解くことはできますがいかがですか?
ああ、すみません。勘違いされるような発言をしてしまいましたね。
どうしようもない不肖の弟子ですが、呪術師としての腕は確かです。お相手が高位貴族様でなければちゃーんと呪いはかかっていましたよ。
ちんけな、というのは威力、恨みの強さの話です。
先ほども言いましたが、呪術師はお客様の怨み辛みを基に呪いをかけます。
相手を殺したい。
殺しても殺したりない。
苦しんで苦しんで死んでほしい。
その思いが強ければ強いほど呪いは強くなります。
お客様は、それくらい、お相手が憎かったですか?
妬ましかった?
羨ましかった?
それは呪いの力になりません。
本当に、お相手を呪いたかったのですか?
いえいえ、責めているわけではありません。
恨みを持たない人生は幸せです。そのまま幸せな人生を送れるといいですね。
それに、このくらいの威力でよかったですよ。呪い返しは元の呪いの倍の強さになります。立って歩けてここまで来れただけ幸いでしたよ。
私は受けたことはありませんが、強い呪いは生き地獄らしいですから。
呪いを解くのはすぐできますよ。
今ご用意しますんでお待ちください。
まったく、バカ弟子にはお客様は選べといつも言っているんですよ。
うちの商売は単価が高いから一つ仕事を受ければそれなりの月日生活できましてね。お客が来るまで薬草でも売って、たまに仕事をして、それで十分暮らせるんですよ。
こんな職業ですから、ホイホイ仕事を受けて恨みを買うのも洒落になりませんからねぇ。
おっと、おしゃべりが過ぎましたね。
お待たせしました。
この聖水に私の力を込めましたので、これを飲めば呪い返しは解けます。ただ、完全に解けるまで数日かかりますのでご自宅で静養するようにしてくださいね。
弟子にはよく言って聞かせます。
お客様も、次に誰かを呪う際はよくよく考えてくださいね。後悔しても遅いですから。
では、お気をつけてお帰りください。
さて、と。
お客も帰ったし、今日はもう店じまいとしますか。
バカ弟子に留守を任せたのが間違いでした。まさか王族関係者に手を出すとは。どうせ呪いは跳ね返されると踏んでいたのでしょうが呪いをかけること自体問題でしょうに。
今からでも首に縄をかけて陛下に差し出した方がよいですかねぇ。
たいした問題にならなかったのは奇跡ですよまったく。
けど、お陰さまでいい儲けが出ました。
あのお嬢さんも、まさかご自分が呪いをかけられるなんて思ってもないでしょうね。しかも、呪いをかけた相手が恋人だと信じている殿下だとはね。
今回の件で愛人1人御することもできない無能者と陛下に見なされ王太子じゃなくなりましたからね。
殿下は今後どうなることやら。
戦争の最前線で武勲をたてることで王太子に戻るか、はたまた帝国の姫君の婿という名の人質になるか。
殿下に武の才はないようですし、帝国の姫といえば苛烈なワガママ娘だと評判ですからね。どちらにせよこれまでのような平和な暮らしは望めないでしょうね。
元凶のお嬢さんを恨んでも仕方ないかもしれません。
それにしても、これからを思えば大事にとっておくべきでしょうに私財を投げ棄ててまで恋人に呪いをかけるとは、お嬢さんは殿下に愛されていますね。
ああ、けど愛の反対は無関心とも言いますし、お二人の間にあったのは本当に愛だったのでしょうかねぇ。ま、そんなことは野暮ですか。
…おやまあ。
バカ弟子はずいぶん遠くまで逃げたもんだ。
ただ、これで私から逃げきれると思っている辺り、どうしようもなく愚かでどうしようもなく可愛い弟子だこと。
バカ弟子を取っ捕まえて、ついでに観光でもしましょうかね。
一度こういう文体の話を書いてみたかったんです。
(蛇足)
この世界の呪いは重ねがけできません。
つまり、呪い返しを解くと王太子の呪いがやってきます。
この師匠さんはどこらへんが善良なんですかね(笑)