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アルテナのお話

悪役令嬢であるはずの私は首を傾げる。

 ある日目が覚めると、前世の記憶というものが蘇っていた。


−−ああこれ、小説とかでよく読んだあれだわ、ほら、ゲームとか小説のヒロインとか悪役令嬢だとかモブとかに生まれかわるやつ。


 そんなことを思いながら、ベッドから降り、部屋の中に置かれた姿見まで足を運んで、自分の姿をまじまじと見る。

 緩いウエーブのかかった黒い髪、同じ黒色のしっかり主張した眉毛、吊り目とまではいかないものの猫のようなアーモンド型の黒い瞳、白い肌に赤色がはっきりとした唇。

 そして名前は、アルテナ・リドル・メイスン。


 この十五歳になるまで見慣れた姿と使い慣れた名前は、思い出した前世の記憶とやらにも合致した。


−−第二王子殿下の婚約者で、彼の攻略ルートでは当て馬兼悪役(ヒール)のご令嬢。しかし、はて?


 私は首を傾げた。いや、だって。

 第二王子殿下、私の婚約者じゃないのだけども?




「お嬢様、朝でございますよ……あら、もうお目覚めですね」

 コンコンとノックを鳴らしたと同時に、返事も待たずに入ってくる乳母のリラ。

「本日は入学式ですから、お支度にも気合が入りますね」

 ニコニコと笑みを浮かべながら朝の支度を始める。

 入室時に運んでいたワゴンから洗面器にお湯を注ぎ入れ、ふわふわのタオルを側に置く。

「さぁ、お顔を洗ってくださいませ、髪型はどういたします?本日は時間がございますから編み込むことも出来ますし、少し大人びたアップスタイルも可能でございますが……お嬢様?」

 過去の記憶と今の記憶の間に落ち込んで、ぼうっとしていた私に、不思議そうな表情を浮かべるリラ。

 心配そうに顔を覗き込んできては

「体調がお悪いのですか?」

 そう言って額にそっと手を当ててきた。

「いいえ、違うの。朝早すぎてまだ少し眠たいだけ」

 私は首を横にふると、適当な言い訳をして、朝の支度を始めた。



 縦巻きロールでハーフアップ、結び目には翠色(第二王子の瞳)のリボン……は、ゲーム内のアルテナ・リドル・メイスンの定番スタイルだった。

 ただ、私は翠色(みどりいろ)のリボンは避けているし、縦ロールになるほどくるくるに巻くことはない。どちらかと言えば、碧色(あおいろ)をつけるようにしているし、髪を巻いても緩やかに巻く程度だ。どちらかと言えば、両サイドを編み込んだハーフアップが好き。

 ゲーム内のアルテナ・リドル・メイスンは、紅い唇に更に紅い口紅を足し、目元も更に強調するようなアイラインを入れ、手持ちの顔の濃さを更に濃くしたようなメイクをしていた。

 私と言えば、元々美麗絵師さんがデザインしたキャラなので、整った顔をしていることは理解しているけれど、そのメリハリの利いた顔立ちが、化粧をすればするほど悪目立ちすることも理解していて、だからこそポイントを押さえただけの薄化粧で済ませている。

 勿論ゲーム内のアルテナ・リドル・メイスンは、それでも美しいと言えるイラストを描いて貰っていたけれど、愛らしい系ナチュラルメイクヒロインとの差が激しく、一部のファンからは「夜のおねーさんみたいで侯爵令嬢設定どこいった」なんて声もあった。むしろ前世の自分がそう言ってた気がする。

 当然リアルとなれば痛々しいことこの上ない。

 そもそもまだ十五歳、ガッツリ化粧をする年齢でもないし、学園の制服から浮きまくる。

 というか、恐らく夜会以外でそんなメイクをしたら教師役の叔母様やお母様に叱られる。


 結局のところ、両サイドを編み込み、背中まで降りた髪の毛先だけを整えるようにゆるく内巻きにして、ハーフアップで整えた髪型、結び目は十五ミリ幅の碧色(あおいろ)サテン素材のリボンで整えた。

 当然メイクも制服に合わせた薄めの仕様。


 ゲーム内アルテナ・リドル・メイスンの面影がひとつもない。

 別にコレ、前世の記憶を思い出したからでもなんでもなく、現世の記憶しかなかった時から、思考も嗜好もこうなのよねぇ……?


 私はもう一度姿見で自分の姿を確認しながら首を傾げた。





「おはようアリー。入学おめでとう。今日から一緒に行けるね?」


 朝食のために階下へと降りると、二つ年上の兄、エドワルド・ジル・メイスンが美麗な微笑みを載せて朝の挨拶をしてきた。

 ついでに私の側へとやってきて、席までエスコートしてくれる。

「おはようございます、お兄様。今日から学園までご一緒できますの?」

「ああ、講堂まで送ろう。まあ、父上も母上もご一緒だけどね」

 軽く肩を竦めて私にウインクを投げかけると、自分の席に座った。

 時間を空けずに、両親が伴って、にこやかに食堂へとやってくる。

「おはよう、エド、アリー。アリーは今日から学園だね」

「おはようございます、お父様、お母様。本日は宜しくお願いいたします」

「勿論だ、二人の晴れ姿を楽しみにしているよ」

 そんな話をしながら、ゆったりと朝食の時間が過ぎていく。


 エドワルド・ジル・メイスン。

 アルテナ・リドル・メイスンの二つ上の侯爵令息で学園の生徒会長。当然のように攻略対象。

 白金の髪を緩く結び、深緑色の瞳をした優しげな美人タイプ。


 ゲーム内では、宰相の息子でもあり、王太子の側近でもあるエドワルド・ジル・メイスンは、有能である代償に多忙を極め、その上で仲の悪い我儘な妹に振り回される、なかなか可哀想な立ち位置にある。

 第二王子ルートでは妹を諌めきれず、最終的に王子達と一緒に妹を断罪する苦渋の選択をする。

 自分が攻略されるルートでも、妹が悪役令嬢として立ち回るのかと思えば、ストーリー内で影の薄い内向的な婚約者がヒール役に廻る。ヒロインを狙って刃物を振り回し、結果エドワルドが大怪我をするのだ。そこをヒロインが聖魔法を使って助ける。


 ……でも、現実のお兄様は、未だ婚約者いないのよね……。

 私は本日三度目の首を傾げた。




 家族で馬車に乗り、学園へと向かう。

 お兄様が生徒会長として入学式の取り仕切りを行い、お父様が王宮からの来賓として挨拶を述べる。

 それもあって、他家よりも早く学園へと足を向けているので、道のりはスムーズだった。

 門前で馬車を降り、講堂までの道のりを、お母様はお父様に、私はお兄様にエスコートされ席まで向かう。

 その後護衛を残し、お二人は来賓室へと向かった。

 ……式直前に、この講堂前で、第二王子殿下とヒロインが遭遇するのよね。

「流石にまだ人が少ないわね。もうしばらく……あら、ホワイティ夫人、先日のお茶会ぶりですわ」

 真っ直ぐな薄茶の髪、黄緑色の瞳を持った少女を伴って入場して来た女性に気が付き、お母様はゆったりとそちらに足を向けた。

 見知った顔にあちらもこちらも会釈をする。

 入学式開始まで、どうやら時間が潰せそう。


 それにしても。


 リリアンヌ・メリー・ホワイティ。


 市井育ちでマナーが足りず、迷いに迷って遅刻直前で講堂に辿り着き、いらぬ騒動を起こさぬよう直前に講堂入りをしようとした第二王子殿下の前で、見事に転げて運命の出会いをするヒロイン。


 だったはずなのに。


 生粋の伯爵令嬢であり、マナーも素晴らしく第二王子殿下の婚約者候補として正しく名乗りを上げている。

 遅刻寸前などではなく、当然のように余裕を持った会場入り。

 希少な聖魔法の使い手でもあり頭も良く、恐らく一年生ながら生徒会入りするだろうと目下の噂。


 そろそろ数えるのが面倒臭くなってきたけれど、首を傾げる。




 何故もこんなにゲーム設定と内容が違うのだろうか。

 どうにも私が悪役令嬢になる気配がない。

 大抵の悪役令嬢に転生しました小説は、悪役令嬢にならないために転生した主人公が色々と奮闘するものなのだ。

 しかし奮闘できる場所がない。

 はて?

 それとも他のキャラクターに転生した人がいて、そちらが主人公として奮闘した結果なのだろうか。

 ならばとても楽をさせていただいた気がする。

 感謝したい。誰かわからないけれど。


 壇上から行われる宰相(おとうさま)のご挨拶、生徒会長(おにいさま)からの激励、などなどを真面目な顔で聞きつつも、頭の中では目まぐるしく前世の知識と今の記憶をすり合わせしていた。


 ゲーム内のリリアンヌ・メリー・ホワイティは三歳の時に盗賊団に誘拐される。

 本来ならば奴隷商に売り飛ばされるところ、盗賊団の末端だった女性が良心の呵責に苛まれ、彼女を逃してくれるのだ。

 女性との逃亡生活の末、本来の家族に見つけられて学園に入学するところからストーリーは始まる。

 女性が逃亡の際、盗賊団から拝借した財宝の一部に、実は盗賊団が隣国に売り渡そうとしていた『魅了の指輪』と呼ばれる魔道具が混じっていたことがきっかけで、女性はいつまでも盗賊団に追われ、そして殺害される。

 そしてそれと知らず『魅了の指輪』を継承していたリリアンヌが、盗賊団に追われるようになるのだ。

 それに気がついたアルテナ・リドル・メイスンは、彼らと接触してリリアンヌから『魅了の指輪』を奪い、第二王子から引き剥がそうとしてー……。


「ねぇ、お兄様。少しお伺いしたいことがあるのですけれど」


 入学式を終え、お兄様やお父様方と合流し、この後始まる懇親会に参加する人々用の控室へと向かう。

 宰相であり侯爵家でもある我が家は、会場になっている宮殿の一室を、一家で一つの控室として充てがわれている。

 とは言え、お兄様は運営側でもあるので、私のエスコートが終わればあっさりと裏方へ向かわれるだろう。

 疑念は早めに払拭しておくに限る。


「なにかな?」


「世間を騒がす盗賊団『黒き羽』って」

「ん?十二年前に捕まった盗賊団のこと?アリーは覚えてるんだね」

 控室に入ろうとして、足を留める。

「え?十二年前に捕まった?え?」

「……あれ?覚えてないの?」

 私の言葉にお兄様が首を傾げた。

 その横で愉快そうに、ハハハ、クスクスクス、と両親の笑う声が聞こえる。

「アリーは流石に当時三歳だから、覚えていなくてもおかしくないよ、というかむしろ忘れたい記憶じゃないかな」

「そうね、事件については、理解すらしていなかったのじゃないかしら」

「そういうものですかね」

 私を除く家族たちは、楽しそうに会話をしている。

「……何があったのです?」

 私は首を傾げた。


 控室に入りソファーに腰を下ろすと、控室付きのメイドがお茶を運んでくる。

 それを横目で見ながら、お母様は微笑みながら話し始めた。

「三歳の時にね、私と一緒にエドとアリーは孤児院の慰問に行ったのよ」

 貴族の嗜みとして、メイスン家では孤児院への寄付金とともに慰問に足を運んでいる。物心がついた頃には通っていた記憶があるし、今でもいくつか懇意にしている孤児院があり、親しくなった子どもたちも多いし、成長した子の中から下働きとして雇うこともある。

「あの当時から行っておりましたね」

 それについては覚えているので私も相槌を打った。

「でね、ちょうどそこにホワイティ親子もいらっしゃったのだけど」

 そうそう、リリーとは当時からのお友達なのよね。

「孤児院にあった女神像が、当時亡くなられたばかりの有名彫刻家から寄贈品された品だったものだから、それを盗みに来た盗賊団と鉢合わせしてしまったリリーちゃんが誘拐されかけたのよ」

 ああ、その時が誘拐事件のあった日なのね。

「で、その時、お転婆なアリーが、私達の目を盗んで、孤児院にある裏庭の大きな樹に登っていたのよ」

 ……そう言えば、そんなことをしていた。

「盗みと誘拐を終えた盗賊団が、人目を避けて裏庭に回ったタイミングで、私達はホワイティ家の護衛が倒れているのに気がついたの。院内がちょっとした騒ぎになったのだけど、その騒ぎを耳にしたアリーったら、自分が樹に登ったことがバレたせいで騒ぎになったのだと勘違いして、慌てて樹から飛び降りたのよ」

 お母様はクスリと笑いを挟むと宣った。

「盗賊団の頭の上に」

 …………。

「ウッカリ人を蹴り倒して気絶させてしまったアリーがびっくりして大泣きしちゃって、それで我が家の護衛が気が付き……まあ、盗賊を捕縛できたし、リリーちゃんの誘拐も女神像の盗難も防げたし、芋づる式に盗賊団を捕まえることが出来て、王宮からも感謝状が出たのだけれど」

 更にお母様はクスリと笑った。

「お父様に随分叱られたものだから、アリーったら思い出話としてその話をすると嫌がって嫌がって……だから殿()()もそのお話、アリーの前ではなさらないでしょう?」

 ピクリ、と無意識に肩が跳ねた。

 私は、本日もう何度目かわからないけれど、首を傾げてみせる。

「……殿下が何故そこに絡んでくるのです?」

 今まで全く関わりが無かったのに、と。

「あら、だって、アリーちゃんと殿下の婚約が整った原因がそこにあるのに」

 微笑みながら、平然とした様子で宣うお母様。

「原因ではなく、せめて“きっかけ”と言った方が体裁は良くないかな?」

 その横から、お父様が微妙な表情を浮かべて謎の提案をしてくる。

「感謝状をいただきに王宮に上がったアリーちゃんが、王宮に上がれたことを嬉しがるでもなく、緊張するでもなく、真っ赤に目元を腫らせていたのが不思議で覚えていたのですって」

「……私は……記憶に……ございません……」

 嘘だ。

 ちょっとだけ記憶にある。黒歴史として。

 せっかく綺羅びやかな王宮に初めて入ったはずなのに、王宮に呼ばれた理由が前日に叱られた理由とイコールだったため、美味しそうなお茶やお菓子も、美しい庭園も叱られた嫌な記憶に結び付けられた。

 なんなら美麗な王子様方も。

 だからその後王子様方の側近や王子妃候補を見つけるためのお茶会にお呼ばれした時も、行くのを嫌がったし行ってからも逃げ回った。

 思い出した。


 結果、私は王子様方の婚約者候補から外れ、王太子殿下の婚約者だった隣国の王女が近衛兵とできちゃった婚するまでフリーだったのだ。

 誰かが奮闘してくれたから断罪ルートから外れたわけじゃない、自分のウッカリがルートを逸脱させたのだと気がついた。


 コンコンと扉をノックする音がする。

 お父様が誰何をし、来訪者の返答を聞いて護衛が扉を開ける。


「ごきげんよう、アルテナ嬢を迎えに参りました。……おや?我が婚約者殿はご機嫌が斜めのようだが」


 とてつもなく綺麗な顔をした、わかりやすい王子様然とした金髪碧眼のイケメンが、満面の笑みを浮かべてドア側に立っていた。

「……王太子殿下」

 ソファに座り会話をしていた私達は、立ち上がってその場で臣下の礼をとる。

「アリー、迎えに来たよ。私の控室へ行こうか」

 懇親会は()()()()()()()()()()()()殿()()がエスコートしてくださることになっていた。

「……」

「アリー?」

 思わずジロッと見つめてしまった私に、王太子殿下は全く崩れない微笑みの圧力をかけてくる。

 こっちにおいで、と。

 渋々王太子殿下の方へ歩みを進めると、右手を取って甲に軽く口付けてきた。

 そうして、お父様たちへと顔を向けると

「それでは宰相、アリーをお預かりします」

 と言って、私を部屋から連れ出した。




「……」

「アリーは何故ご機嫌斜めなのかな?」

 王太子殿下の控室へと足を運ぶ最中、とてつもない笑顔を浮かべて私の顔を覗き込んでくる。

「……何故私との婚約が黒……いえ、三歳の時に遡るのかと。……そんな話、知りませんでしたもので」

「ああ」

 得心したように殿下は頷いた。

「最初の出会いは目を真っ赤に腫らしてムッツリ顔で陛下とのご挨拶、お行儀(マナー)は悪くなかったんだけどね。そして二度目の出会いはお茶会で王宮から抜け出そうとして護衛に捕まる。これも僕らとの挨拶中はお行儀が良かったのにね。ギャップが酷すぎて他の誰よりも記憶に残ったよ」

 なかなか居ないよね、そんな高位貴族家の三歳女児、と良い笑顔で言う。


 そうだった、王宮に対する記憶が悪くて逃げ回った結果、黒歴史を積み重ねたんだった。

 積み上げた結果、そこらへんの記憶も封印してた。


「それでも侯爵令嬢だし宰相の娘だしで、婚約者候補から外すには足らず、再度顔合わせをすることになってメイスン邸に足を運んだら、どこにもいなくて。で、侍女やら護衛が総出で探しに探して、見つけてみたら馬房で犬と一緒に馬糞まみれになって遊んでいて」

「あっ、あー……」

「僕らと一緒に王宮から戻ってきていた宰相が大噴火」

「うう……」

「思い出した?」

 嬉しそうな表情を浮かべて、王太子殿下は私の顔を覗き込んできた。

「……思い出しました」

 うぐぐ、と空いている方の左手を握りしめる。

「そこで一旦僕らとの婚約話はなくなって、ちょうど僕は隣国から来ていた婚約話にのることになったんだけどね。これがご破算になった時に、ふと「あの子どんな子に育ったのかなぁ」って思い出してね」

「はぁ……」

「エドが側近だから聞いてみたら、まだ婚約者はいないと言うし、当時のやんちゃぶりは鳴りを潜めて侯爵令嬢然としているし。なんかつまらない成長の仕方をしちゃったんだなぁって思ったけど、まあ当時懸念していた異常行動(やんちゃ)なんかは問題なくなって、僕の婚約者としては問題ないからと話を持って行くことに決まったんだよね」

「つまらない成長……?」

 なるほど、確かにきっかけはあの事件らしい。けれど、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。

 ……つまらない成長とは?

 ギロリと王太子殿下を睨みつける。

 私の睨みなど意に介さず嬉しそうに微笑んで、エスコートしていた私の右手を持ち上げると、また手の甲へとキスを落とした。

「そうしたら、一年前のルエンデ公爵宅で行われたお茶会で、レバン子爵令嬢を威圧していたクラレンス伯爵令息の後ろから足引っ掛けて転がした挙げ句、上から目線でご令息の問題点を淡々と(あげつら)って泣かせていただろう?」

「……え、あれをご覧になっていたのですか?」

「うん」

 とてつもなくいい笑顔をこちらに向けてきた。

 当時クラレンス伯爵(おばか)令息は、レバン子爵令嬢を窓際に追い詰めて虐めていたものだから、そのままバルコニーに倒れ込むように調節して転ばし、カーテンで隠して周囲の目を遮っていたつもりだったのだけれど……どこから見ていたのか。

 思わず、うぐぐと歯噛みする。

「ああ、この子見た目を取り繕うことは上手くなったけど、幼い頃のまま図太く育ったんだなぁって思ったら……嬉しくなってしまってね。王太子妃なんて図太くなかったらやっていけないし、思わず一目惚れしてしまったんだ」

「それを一目惚れとは申しません!」

 思い出した。

 ゲーム内での王太子殿下は、サイコパス腹黒担当の攻略キャラだった。

 婚約者に会いに留学してきた隣国の王女殿下が悪役(ヒール)で、実際は盗賊団と繋がっていて『魅了の指輪』を奪いに来て、隣国と戦争一歩手前まで行くストーリーだった。

 サイコパス殿下とヒロインは盗賊団を捕らえて王女に詰め寄るんだけど、ヒロインが怒りで隣国の王女を引っ叩いた瞬間に恋に落ちるんだった。

「そんなこと無いよ。そもそも最初の一目惚れは王宮でムッツリ泣きはらした顔だからね」

「趣味が悪い!」

「今思えば、あれが初恋だったんだなぁって気がついて」

「絶対おかしい!」

「何?アリーはこの婚約が不満なの?」

 腹黒さなんて微塵もありませんよ、という爽やかな微笑みを浮かべて、王太子殿下は顔を覗き込んでくる。

「……理由が酷い」

「愛情があるのは確かだよ。単なる政略結婚より上手くいくと思うけれど」

 まあ、嫌だと言われても婚約解消は出来ないけどね、とそれはそれはいい笑顔で圧をかけてくる。




 私が悪役令嬢にならなかった原因は私自身だった。

 だけどその結果が何故こうなったのやら、と私は首を傾げつつため息をついた。

首を傾げてるしため息はついているけれど、王太子殿下のことはちゃんと好き。

髪の毛に付けてるリボンは王太子色。


ーーー


お読みくださりましてありがとうございました。

生存報告がてらの短編です。

楽しんでいただけたなら幸いです。


「腹黒王子と呼ばれた僕は彼女のことを語りたい。」

https://ncode.syosetu.com/n3175ie/

王太子殿下がアルテナのことを語りたいと言ってきたので、書いてみました。

結構酷いと私は思いますので、覚悟してお読みいただければ幸いです。

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