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「あ、来た来た。おせーぞ、ユナ!」
勝ち気で自信に溢れた口調。マリンだ。
「マリン、おはよう。今日は…」
言い終わらないうちに激しい衝撃が加わり、ユナは前につんのめった。警報がわめきたて、カメラはちらついている。
「キャハハハハ!全く、とろいんだから」
体を起こすと、白い塵にまみれたアフノイドが腕組みして立っていた。
コンクリの壁をぶち破って来たらしく、背後の建物には大穴が開いていた。
(朝からこいつは…)
ついクセで思いっきり舌打ちしてしまった。すると…
「ちょっと!ユナ?」
やはりマリンは不機嫌そうな声を上げ、首根っこをつかもうとする。
ユナは笑みがこぼれそうになるのをこらえながらおとなしく従う。
これは罠なのだ。
マリンの機体が前のめりになったところでユナは閃くように身を引き、相手の腕をつかむ。
そのまま、勢いを利用し思いっきりマリンを投げ飛ばした。
もう一つの壁に大穴が開き、赤い機体は白煙と共に消えていった。
「え、ちょ…うわああ!痛ったいじゃん!」
「全く、とろいんだから」
まあまあな動きだった。
ユナは腕を曲げ伸ばししながら考えた。右腕の関節は昨日よりは回りがよくなっている。
「明日こそは決めてやるからね!」
十七回勝ち、十五回負け。二十八回引き分け。
今のところユナがかろうじて勝っている。
仲間同士の戦闘は御法度だが毎朝、機械の動作チェックを兼ねてマリンとの「一騎打ち」が日課となっていた。
最近は勝てないと確信し始めたのかマリンは不意打ちを食らわせてくる。
「ちょっと、ちょっと!二人とも、何やってるんですか?」
大きな音を聞きつけたのか、別のアフノイドが小走りでやって来るのが見えた。
フィアー04。ノノミだ。
まだピカピカの装甲に色の濃い迷彩塗装。彼女は数か月前に配属されたばかりの新人だった。
「ケンカはダメですよ?」
マリンがくるりと向きを変える。
「ん?あたしとユナで徒手格闘の演習してたの。あんたもCQBの練習でもしたら?」
(あーあ。またやってる)
無駄に専門用語を並べ先輩面するのがマリンの癖だ。
そしてもっと問題なのがこれを本気にする人間がいるということだった。
「え!すごいですね。マリン先輩!明日からわたしも混ぜてもらっても…?」
「ほ~?」
マリンの悪そうな顔が目に浮かぶ。ユナはため息をついた。
「言い分けないでしょっ!ほらノノミも、悪い姉さんに騙されちゃだめ!」
不意にカコが割り込むように現れ、マリンの前に立ちはだかった。
部隊内で唯一まともな彼女は自動的にノノミの教育係、いわゆるお守りを任されていた。
「ほら、みんなも準備してよ」
ユナは気まずそうに首をすくめて見せた。
「そういえば、カコ。ミツキはどうなったの?」
「あー…」
カコは思い出したように苦笑いを浮かべた。
「たぶんセリが頑張ってる…と思う」
「え?ミツキ先輩、どうかしたんですか?」
「いや~起動に手こずっててね。最近、クモを怖がらなくなっちゃって…」
ミツキはクモが恐怖対象だ。
彼女は巨大なタランチュラ、「ジョン」をガラスケースに飼っている。
が、同時に彼女は極度の被虐嗜好マゾヒズムを持ち合わせており、つい先日ジョンに噛まれそうになった一件以降、奇妙なことを口走るようになってしまった。
「ほら、ミツキ~?早くしないと置いてっちゃうよ」
「あっ、だめ…セリ。そんな、私のナカに…」
ユナは無線を切った。