海を近くで
刺身の岩塩掛けを食べ終え、店を出た頃には真上にあったはずの太陽が少しだけ傾いていた。
「さて……アモル様、この後のご予定は何か決まっておいでですか?」
少しだけ目の端を赤くしたボノスが語りかけてくる。
いきたい場所なら一つある。
「もう少しだけ、近くで海を見てみたいの」
そうすぐに答えた私をみて、満面の笑みで
「えぇ、承知しました。ご案内します」
とそう答えてくれた。
ボノスの案内で街中を海風が吹いてくる方向へと足を進めると、ふと商店の柱時計が視界に入った。
時刻は14時。商店も活気付いており、客足が遠のく様子もない。
大きな水槽に、何十匹と魚が泳いでいる。
――あれは、図鑑でみたことがある気がする――
そう感じる魚もいるが、図鑑全てを覚えている訳ではないのではっきりと名前が思い出せないものが殆どだ。
そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、聞き慣れた声が聞こえた。
「この魚、私の故郷では珍しくて手に入らなかったんですよ。……美味しいですよね」
普段とは少しだけ声のトーンを落として真面目に話しているが、言葉の端々の音が上ずる独特の音。
北方の領土を治めるロバールだ。
彼の領土は海には面しているものの、その街は山の中にあり海自体も氷河に覆われるほどに気温が低く魚が容易に取れる環境ではないと聞く。
「おや、お兄さんは北の方の出身かい?だったらこれは珍しいよね」
「小さい頃に旅行に来て食べた程度ですよ。……よく覚えてます」
少し寂しげに、それでも慈しむようにその魚を見るロバールから目が離せなかった。
「アモル様……?」
足を止めたままの私にボノスが声をかけた。
――自分から海が近くで見える場所に連れて行けと言っておいて呆けるなんて――
「ごめんなさい、ボノス。大丈夫よ」
少しだけ頬に熱を感じたが、大丈夫。
色までは付いていないはずだと信じて返事をした。
ボノスに連れられて来た海岸は先程までの商店の並びとは違い人気があまり無く静かで、穏やかな物だった。
「これが、海……」
「……。
海は元々無かったとそう言われていますが、実際それを目にした物はいません。
初めからあった物を見落としていたのか、はたまた小さくて気付かなかったのか、本当に無かったのか。
誰にも本当の事は分からないんですよね」
そう呟くボノスは少しだけ口角が上がっていて、語る口調は誇らしげだった。




