表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
糸の半分  作者: 幻月
58/64

初めての

 店内は人で埋め尽くされていた。

丁度お昼時というのもあるのだろう。


そこかしこから

「腹が減った」「姉ちゃん!いつものくれよ!」「ここの刺身じゃねえと意味がねえんだ」

と声が飛び交っていた。


こういった場所に来るのは初めてで、作法も何も知らない私は入り口で呆然としてしまっていた。


――どうすればいいのかしら――


 キョロキョロと周囲を見回すと1人の女性と目が合った。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


真白の三角巾を頭に巻き髪の毛を1つにまとめ、腰あたりにも真白の布を巻き付けた女性。


――これが一般の給仕さんということかしら――


王宮内で見かけるメイドのようなもの、という予備知識のもとそう判断できた。


ただ、王宮内で見かけるメイドとは姿も違えば動作も違う。

王宮のメイドたちは真白の三角巾ではなく見栄えの良いヘッドドレスを使用している。

これ自体は衛生面を重視したというよりは、王国創建者の趣味といった方が正しいのかも知れない。


正式な謂れやいつから始まったのかは調べていないので分からないが、物心がついた頃は既にそれで埋め尽くされていた。


真白な衣装を身につけた女性を目の前にして、私はただ立ち尽くしていた。


問いかけられた筈の言葉は耳を通り抜けて


こちらに向けられた視線をすり抜けてその淡い薄紫色の瞳に吸い込まれていた。


「綺麗な色」


その瞳の色は高い山に生息する高貴な花を印象付けるに相応しい穏やかな薄紫色をしており

図鑑でしか見たことのないその花を思い起こさせる程に、その瞳は澄んでいた。


 誰かに聞いて欲しくて出た言葉ではなかったが、小さく口から出たその言葉に

その女性は少しだけ目を開いた。


「……!この瞳、初見さんで怖がらないのは珍しいですね」


薄紫のそれを覆い隠すように女性は目を細めて笑った。


「2名さまでお間違い無いですか?」

そうして言葉を続けて、気づいた時には2階にある見晴らしの良いテラス席に案内されていた。


「テラスで食事ができるようにもなっていたのですね」

驚いたようにボノスは呟いた。


「えぇ、ここからは海が一望出来るんです。

他の領国のように特産品が有名と言える程では無いですがこの海の綺麗さは誇れる程ですよ。

初見さんにはぜひ、ここからの海を見て欲しくてご案内させて頂くんです」


給仕の女性が言い終わるのとほぼ同時にヒュウっと強い風が吹き抜けた。


 鼻の奥を刺激する強い香り。

王宮を出て、この街に着いた時にも感じた嗅いだ事の無い匂い。


「ここは一段と磯の香りが強いんですね」


ボノスと給仕の女性は何かを話し込んでいた。


――これが、磯の香り――


初めて感じる強い匂いの正体を耳の端に捉え、その匂いに浸った。

なんとも形容し難い鼻に残る匂い。

それでいて不快になるものではなく、その匂いが鼻を通る度に不思議と緊張していた心が解けていく感触がする。


「これが、海……」


遠くでザーッ、ザーッと音がする。


 王宮を出たことのない私が初めて見た海は、太陽の光を反射して、水面を白く光らせ

記憶の中に刻み込むように強い香りを放っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ