第九八話「狙いは違わず、だったが」
「レーネ、今何時位か分かるか?」
「ええと……一二時前ですね」
「そうか……もっと時間が経っていると思ったがそうでも無いのか。腹減った」
『緊張感無いよ二人とも! こっちは頑張って避けてるのに!』
一進一退の攻防を何時間続けているのかと思い聞いてみたのだが、爆発する突起やら火炎の吐息やらを躱し続けているフランメのお気に召さなかったらしい。ぷんすこお怒りである。
とは言え、俺だって何もしていない訳でも無いのだ。じっくりと観察していたお陰でそろそろ母竜の攻撃パターンが分かるようになってきた。
「動きのパターンが分かれば、狙いも付けやすいってもんだ。レーネ、フランメ、そろそろ攻撃に移る。手筈を教えるぞ」
「手筈……ですか?」
『どゆこと?』
俺の発言の意図を理解しかねるのか、背中を向けたままのレーネが首を傾げ、フランメも器用に大きな首を横へ捻った。全く違う種族だが姉妹のような反応だ。
「おう、上手いことフランメの母親に腹を見せて貰いつつ、狙いも付けやすい方法だ」
そう言って、俺は二人に攻撃までの流れを説明した。この戦術にはレーネの協力も不可欠なのである。
「……なるほど、分かりました」
『えぇ……、レーネ、危険だよ? 良くオーケーしたね?』
呆れるフランメ。そりゃまぁそうだ。この計画ではまず手始めにレーネが矢面に立つ事になるからだ。
「ふふ、私はリュージさんを信じてるからね」
『なるほどぉ、惚れた弱みって奴?』
「どっ、何処で覚えたのそんな言葉!」
……何やらフランメにからかわれたレーネが、耳まで火竜と同じ色になっている。何やってんだか。
「納得してくれたなら早速やるぞ。早く戻って飯食いてえ」
『だから緊張感無いってばリュージ……』
ぶつくさ言いながらも反対しない辺り、フランメもいい加減この状況を打破したいと思っているんだろうな。それにしても自分の親と戦っていると言うのに中々淡白だよな、この娘。やはり人とは少し考え方が違う所があるのだろう。
『それじゃ行くけど、準備は出来てる?』
「俺は大丈夫だ」
「何時でもどうぞ」
俺とレーネの反応を待ってから、フランメは俺の言った通りに母竜から少し距離を取った。大体五〇メートル程の距離が空いただろうか。
さて、距離を取ったお陰で母竜は予想通り追い掛けてきた。成竜だけに娘を上回るスピードだがフランメが今まで逃げて来られたのは、小回りが利くからである。こうして単純なスピードによる追いかけっこになれば分が悪い。
にも関わらず、フランメは急停止すると母竜を迎え撃つように旋回した。このまま母竜が突っ込んでくればフランメは兎も角レーネと俺の命は無い。
だがむざむざと殺される訳は無い。レーネは正面に向け、自前の錬金銃を両手にそれぞれ構えていた。
「二丁で撃つのは慣れていませんが、これならしっかりと狙えますね」
何処となく嬉しそうなレーネがそう呟いた直後、二つの破裂音が立て続けに鳴った。正面からでは魔核が狙えない。狙ったのは――
「ギャアアアアアア!」
正確に両目を弾丸に穿たれた母竜が咆吼を上げる。と同時に、ガクンと俺たちの身体はそのままの姿勢で急降下を始めた。フランメが翼の魔力を調節し、落ちるように仕向けたのである。
当然ながら、視界を奪われた母竜はそのまま突っ込んできた。俺たちは下からそれを仰ぎ見る形となる訳で。
「…………ここだ!」
俺は頭上をすれ違った母竜の胸に狙いを定め、引鉄を引いた。破裂音と共に飛び出した弾丸が、こちらも正確に標的へと突っ込む。
ビスッ、と小さな音が鳴ったように聞こえた。固い音からして魔核だろう。
「やった……ようだな」
母竜はそのままの姿勢でゆっくりと降下を始めた。そしてそのまま塩水湖へと落下してゆく。
魔核を壊された魔物は死ぬ運命にある。これで生きている訳が――
「……嘘だろ、おい」
「え、どうなって――」
俺の零した言葉に振り向いたレーネの顔が絶望に凍り付いた。見てしまったのだ、俺と同じように。
『リュージ、失敗したの?』
振り向けないフランメが不思議そうに尋ねたが、ぐるんと旋回して事情を察し、こちらも絶句した。
そこには、塩水湖の水面近くで落下を留めた母竜が、全身に炎を纏い、棘を光らせ、既に再生した両目でこちらを睨み据えていたからである。
次回は明日の21:37に投稿いたします!