第九七話「初めての空中戦は中々に目が回る」
全身に棘の生えた母竜は狂乱の咆吼を上げ、自分の娘であるフランメに容赦無く襲い掛かってきた。
フランメは体勢を引き上げ、上に回ってそれを躱す。どういう魔術が掛かって居るのかは分からないが、俺とレーネの腰はしっかりと彼女の背に引っ付いており、落ちることは無かった。
「フランメ! お母さんの腹側に回れるか!? そこから攻撃する!」
立ち回り方について、俺はフランメへとそう頼み込んだ。固い鱗に覆われた背中側とは違い、腹側であれば弾丸も貫通するだろうと考えてのことだ。
『お腹側だとお母さんの爪や尻尾の範囲にも入っちゃう。リュージたちを危険に晒すことになるけど、大丈夫?』
成程、フランメはそこまで考えて上に回ったのか。まだ子供だと言うのに、狩りの仕方はちゃんと学んでいるんだな。
「……レーネ、構わないか?」
「ここまで来たら、もう生きるか死ぬかの二択でしょう? 私も覚悟は出来ていますよ」
背中から抱き付いたままレーネに問うと、当たり前だとばかりの返事が戻ってきた。そうだよな、俺たちは一蓮托生なんだ。聞くまでも無かったか。
『なら、遠慮無く飛ぶね! ちゃんと狙ってよ!』
フランメはそう言うと、スピードを上げて母竜の腹側へと回り込んだ。正直目が回るが、そんなことを気にしては居られない。
俺は弾丸に〈鋭利〉を施した錬金銃を構え、母竜の腹へと向けた。先程撃った所から流血の痕がある。恐らくあの近くが魔核だと思うのだが――
「ねえ、フランメ。お母さんの傷のところ見える? あそこの近くが魔核?」
『うん。あそこが私たちの心臓。でも、もうちょっと上かな』
おお、ナイスだレーネ。そうか、同じドラゴンのフランメに聞けば良かったのか。
俺は改めてフランメに言われた場所を狙い、構える。後は引鉄を引けば、狙った箇所へ弾丸が軌道を変えてくれる筈だ。
『マズい! 攻撃が来る!』
「え? うぉぉぉ!?」
「きゃっ!」
急にフランメが身体を捻ったかと思うと、今まで居た場所へ母竜の身体にくっ付いていた突起が雨のように降り注ぎ、俺たちは悲鳴を上げた。突起の雨は塩水湖へと落ちて行く途中で爆発する。巻き込まれていたら、フランメごと爆発四散していたかも知れない。
「……おいおい、なんだありゃ」
「……あんなもの、町に落ちたら大変ですね……」
ここが塩水湖の上で良かった。レーネの言う通りで、あの突起が町へ落ちたら大惨事だ。
となれば、弱点である腹側へ回るのはリスキーでもあり、狙えるのも一瞬限りだということか。全くもってアデリナは厄介なことをしてくれたものだ。
『どうする? まだお腹側に回るの?』
「ああ、攻撃が通るのはそこしか無い。あの金色の魔獣たちは、魔核以外を狙っても再生するだろうからな」
心配そうなフランメの口調に対して、俺は淡々と答えた。実際にさっき撃った所は既に傷が塞がっているように見える。弾薬も限られているし、撃てるのが一瞬とは言え慎重に狙わなければ。
「フランメ、出来るだけこの塩水湖の上空で戦いたい。誘導出来るか?」
『たぶん大丈夫。お母さんが他に興味を示さなきゃ、だけど』
それも大丈夫だろう。今、狂乱する母竜は俺たちにご執心だ。間違い無く自分への脅威が目の前にあると思っている。
と、フランメを追い回していた母竜がいきなり腹を向け止まった。恐らく狙うチャンスなのだろうが――
「嫌な予感しかしねえ」
「私もです」
俺もレーネも、狙うどころでは無いと考えている。何故ならば、そう、母竜は思いっきり息を吸い込んでいるのである。これは間違い無く――
「フランメ! 逃げろ!」
『言われるまでも無いよ!』
俺の言葉を聞き終える前に、フランメは急旋回した。それに一拍遅れて、俺たちを追うように母竜の口から炎が吹き出す。すげえな、業火ってこんな炎を指すのだろうか。それにしても、フランメは地上でなければ踏ん張れないので炎は吐けないと言っていたのに、流石は成竜と言うことか。
炎はしつこく俺たちを狙い追い続ける。フランメの尻尾に炎が掛かっているが、彼女が熱がっている様子も無いのは火竜で熱耐性があるからだろう。
「レーネ! これ持ってろ!」
「これは!?」
「〈常温の魔石〉だ! ドラゴンの炎まで防げるかどうかは分からんが!」
この魔石で火事の炎は防げるとは言え、未知の炎まで防げるのかは俺も知らん。熱気を感じるので、たぶん無理だとは思うが。とは言え何も持っていないよりはマシだと思い、俺はレーネに一応それを渡しておいた。
それにしても、やはりドラゴンは強敵だ。魔物の王者と言われるのもさも有りなん、と言ったところか。
次回は明日の21:37に投稿いたします!