第九六話「スタンピード最後の戦いが、始まる」
※リュージの一人称視点に戻ります。
『リュージ、あの人間がお母さんの仇なの?』
俺の脳に直接子竜の言葉が響く。〈カシュナートの魔石〉の力が及んでいる為、俺とレーネには竜語が変換されて伝わっているのだ。同様に、俺の言葉も誰彼構わず脳内へ伝わるように変換されるらしい。〈神殺し〉の力を持つアデリナには、恐らく耳にしか入っていないだろうが。
「そうだ、フランメ。……さっき言った通り、もうフランメのお母さんを元に戻す手段は無い。覚悟を決めてくれ」
『分かってる。お母さんを苦しませたままにはしないから』
子竜のフランメからは、彼女の言う通りに不退転の覚悟が見て取れた。まだ小さな娘に親殺しをさせるのは心が痛いが、ザルツシュタットを救うにはフランメの空を飛ぶ力が必要なのだ。
「良い子だ」
『私、たぶんリュージよりは年上だもん。子供扱いしないで』
やり取りが可笑しかったのか、こんな状況にも関わらずレーネが小さく噴き出した。……お姉さんぶっている所が如何にも子供なんだが、まあ、それは言わないでおこう。
「さて、アデリナ。もう何処にも逃げ場は無い。チェックメイトだ」
「……そうですわね」
おっと、最後通牒を放ったら、アデリナが観念したように諸手を挙げた。だがこの女がこのまま諦めるとも思えない。
「……リュージさん、相手は邪術師です。絶対に何か企んでいます、気を付けてください」
「ああ、分かっている」
レーネの言う通りに、人々の裏を掻き、そして嘲笑うのが邪術師だ。油断はしない。
「先ずはアデリナを狙う。そして次は、フランメのお母さんだ」
先程は先ずアデリナではなく親竜を狙った為に、危うくザルツシュタットを強襲される所だった。今度は馬上の将を先に狙わせて貰う。
……しかし、アデリナには聞いておきたいことがある。
「アデリナ、お前たち邪教徒の目的は何なんだ? 邪神の顕現か?」
俺は錬金銃を構えたままに、最も引き出したい情報を確認した。邪教徒の目的が分かれば、自ずと今後の動向も分かるだろうという目算からだ。
しかしドラゴンの背に乗っているというのに、本当に揺れないな。フランメの背中には彼女の魔力でくっ付けて貰っているらしい。お陰で狙いが定まる訳だが。
「……アブネラ様の顕現、ですって?」
俺の言葉を、諸手を挙げたまま鼻で笑うアデリナ。違うのか。だとすれば意外だな、駐屯所では邪神の腕を召喚していたと言うのに。
「アブネラ様を、私たちのような矮小な存在が顕現させられる訳が無いでしょう? あくまでも私たちは御力をお借りしているだけ」
確かに、アブネラは新神に封印されている存在だ。その封じられた邪神からどのようにしてアデリナたち邪術師が力を得ているのかは謎だが、顕現させるにも先ずは封印を解かねばならない。それは新神の力を上回るエネルギーが必要になるだろう。確かにアデリナの言う通りではある。
「なら再度問おう、お前たちの目的は何だ」
「………………」
「お前たちが力を集め、魔晶で魔人や魔獣を作り出す目的は?」
「………………」
答えるつもりは無し、か。既に死を覚悟し、仲間の障害になるつもりも無いのだろう。
だが、顕現が目的では無いという事が分かっただけでも収穫だ。
「……これ以上の問答は無用か。仕方無い」
俺はアデリナの胸に狙いを済ませ、ゆっくりと引鉄を――
「えぇいっ!」
「なっ!?」
いきなりアデリナが勢いよくうつ伏せになったと思えば、母竜が仰け反り苦悶の咆吼を上げ始めた。
その所為でアデリナは背から転がり落ちる。あっという間に、遙か下の塩水湖へと落ちて行った。水面に叩き付けられ派手に飛沫が上がる。あれは生きては居ないだろう。
……自らの命と引き換えに、一体何を――
「リュージさん! 針です!」
「……まさか! この上更に魔晶を!?」
洞察力の高いレーネが指さした場所、鱗の間に一瞬だが光る針が見えた。あの女、一矢報いる為に母竜を強化しやがったのか!
咆吼を上げ続ける母竜の全身に、歪な突起が幾つも生え始めた。そして一分も経たぬ間に、母竜は禍々しくも神々しい姿へと変化していた。
静かになった母竜が、金色の瞳を俺たちへと向ける。それはまるで、伝説に有るような静かに怒れる魔神のようだった。
『お母さん!』
「フランメ…………」
嘆きの叫びを上げたフランメに、どう声を掛ければ良いか分からぬようなレーネ。
だが、もう出来ることは一つしか無いんだ。
「フランメ、早くお母さんを楽にしてあげよう」
『…………うん』
俺の呼び掛けに、フランメはか細く喉を鳴らして答えた。
背後はザルツシュタットだ。怒り狂った母竜をこのままにはしておけない。俺は錬金銃を構え直し、母竜の胸に狙いを定める。
対スタンピード防衛の、最後の戦いが始まった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!