第九四話「求む、空を飛ぶ方法」
俺たちが潜む大樹よりも少し後方に、手筈通りに戦闘態勢を整えた騎士団が陣取っている。ここでアデリナがどう動くか、今までの奴の行動からして大体分かる。
そして予想通り、アデリナは二匹のドラゴンと共に騎士団の前へと降りてきた。大きいな。翼を拡げた姿も中々だったが、親竜は体高一〇メートル程、子竜にしても六メートル程はある。
「あらあら、もうザルツシュタットは滅ぼされたと思っていたのに、騎士団まで駆けつけていたのですね。悪足掻きも甚だしいですわ」
ドラゴン、という兵器を手にして此方を舐め腐っているのか、アデリナは金色の個体に跨がったままに騎士団を見下ろし盛大な溜息を吐いている。
「……あら? でも付与術師リュージは居ないのですわね。もしかして防衛には参加していない? それとも、もう死んでしまったのかしら?」
死んでねえよ、という言葉を飲み込んで、俺とレーネは姿隠しの掛かったままに行動を始める。目指すは目の前に居る子竜の足元だ。
「貴様が邪術師アデリナか。先日の邪神の腕は面白いプレゼントだったな。今回も趣向を凝らしているようだが」
「……あら、〈鋼鉄公〉。正直、アブネラ様の御腕から生き延びるとは思っても見ませんでしたわ。一体どのような手品を使われたのです?」
心無しか、アデリナの声のトーンが落ちる。〈鋼鉄公〉に何か因縁があるのだろうか。
俺とレーネはゆっくり、足音を立てずに歩き、子竜の左前肢へと辿り着いた。使う魔石は既にレーネの右手の中にある。準備万端だ。
「それはこれから分かる。精々楽しみにしていてくれ」
「まあ、怖い。ですが、手品を見る前にタネごと焼け野原になりそうですわよ?」
そう言って、アデリナは左側に座る子竜の方を向き、「やりなさい」と声を掛けた。子竜に火炎の吐息を吐かせるつもりだろう。……今しかチャンスは無い。
「レーネ、頼んだ」
「はい」
レーネは右掌の魔石を、子竜の右前肢へと押しつけた。レーネが他に魔力を使ったことで姿隠しの精霊魔術が解け俺たちの姿が露わになっただろうが、構わない。
その瞬間、火炎の吐息を吐こうとした子竜の姿が掻き消える。
「はぁっ!?」
裏返った間抜けな声を上げたのは、勿論アデリナだった。そして残された俺たちの姿を目にして、次第にその顔へ憤怒を浮かべてゆく。
「付与術師リュージに……レーネ様まで! 何をした!」
俺はその怒声へ答えず、錬金銃を構えていた。標的はアデリナではなく、親竜だ。邪術師一人だけだったら後でどうにでもなる。
「リュージの名において、何をも貫く刃と化せ、〈鋭利〉!」
「飛びなさい! 今すぐに!」
危険を悟ったアデリナが命じ、金色の魔竜が翼を拡げて浮上する。強大な魔力を頭上から感じる。ドラゴンはその翼に魔力を籠めて飛ぶと言うが、本当だったか。
翼のはためきによって起きた暴風に耐え、俺は引鉄を引いた。〈エルムスカの魔石〉による〈鋭利〉が付与されたことで強化された弾丸が発射され、あり得ない軌道で金色の魔竜の胸を穿つ。
魔竜は重低音の悲鳴を上げたものの、その胸から血を流しながらアデリナの命令を遂行して飛び上がった。仕留めきれなかったか!
錬金銃に二発目の弾薬を装填したものの、魔竜は既に空高く舞い上がっていた。……あの距離だと、撃ってもダメージにならないだろう。
「逃げよったか」
俺たちの方へと近寄ってきた〈鋼鉄公〉が、空を仰ぎ口惜しそうに呻いた。
「申し訳御座いません、一撃では無理でした」
「仕方有るまい。竜の魔核が何処に有るのか、誰も知らぬのだからな」
そんな慰めの言葉と共に、項垂れる俺の肩を叩く〈鋼鉄公〉。とは言え、あの魔竜をこのままにしておく訳にはいかない。
「……おい、あれ…………町に向かうんじゃないか!?」
誰かの言葉にハッと空を仰ぎ見ると、アデリナの乗った金色の魔竜が、ゆっくりとではあるが町の方向へ進み始めているのが分かった。奴め、俺たちを狙うのは止めて町を直接狙うつもりか!
「マズいぞ……! 錬金銃で狙うことは――」
「この距離では幾らリュージさんの付与が有っても威力が足りません! 空から狙えれば別ですが……」
「出来ない事を言っても仕方あるまい! 全隊、急ぎ町へ向かうぞ!」
事実上不可能なレーネの言葉を一蹴し、〈鋼鉄公〉がすぐに命令を下した。最早、惨禍は免れ得ないのだろうか。
……いや、レーネは何と言った?
『空から』?
「……それだ! レーネ、子竜を封じた〈封魔の魔石〉を貸してくれ!」
「えっ!? な、何をするつもりですか!?」
「良いから! 説明は後だ!」
先程レーネが子竜を封じた〈封魔の魔石〉を、戸惑うレーネの手からもぎ取った。子竜を消した魔石は、普段スライムなどを封じている魔石だったのである。
既にアデリナは離れ〈神殺し〉の力が働いていない今、〈エルムスカの魔石〉以外の『ギフト』の魔石を使うことが出来る!
そしてこの方法なら、空から魔竜を狙うことが出来るだろう。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




