第九三話「ザルツシュタットを救う為に出来ることは」
スズが確認したという、北の空からやって来ている物体はドラゴン。つまり生態系の究極の頂点に位置する魔物だ。その翼で鳥よりも速く空を駆り、その牙は全ての生物を砕き、その吐息は種によって千差万別だが、火炎、吹雪、酸などとてつもない威力を持っているという、伝説の魔物。
俺もドラゴンと相見えたことは無い。大抵、ドラゴンは山の頂上や森の奥深くなどに棲息しているもので、滅多に人が出会う事は無い。スズは、それが二匹も向かって来ていると言う。レアケースだと喜んでいる状況では無い。ドラゴンにかかれば、ザルツシュタットなど軽く滅ぼされてしまうだろう。
事態を重く見た俺たちはすぐに小隊長へ報告し、一緒に後方の〈鋼鉄公〉の下へ向かった。
「間違い無いんだな? ワイバーンでも無いと?」
「間違い無い、ドラゴン。それも、二匹。一匹は火竜で、身体が小さいから子供かも」
スズの答えに、可能な限り集められた小隊長、分隊長たちからどよめきが上がった。火竜か。火炎の吐息を使われれば一面が火の海となる。町にとっては最も厄介なドラゴンと言えるだろう。
「……そしてもう一匹はあの金色の魔物で、アデリナが乗ってる。たぶん、もう一匹の火竜はその子供」
「……あの邪術師、か。親竜を魔獣に変えたと言うのか、外道め」
〈鋼鉄公〉の眉間の皺が深くなる。魔晶の力はドラゴンすら化け物へと変えてしまうのか。
「あの距離と速度からすると、今日の昼前には到着する。住民への避難勧告なら、早めにした方が良い。でないと、家に居る間に訳も分からず焼かれて終わる可能性もある」
「……全くもってその通りだな。取り急ぎ、今の内容でライヒナー侯爵へ伝令を」
「はっ!」
スズの提言で、すぐに領主の下へ事態が伝えられることになった。……まあ、避難と行っても散り散りに逃げる位しか出来ないだろうが。
しかし二匹のうち親だけがあの金色の魔獣と化しているのか。もう一匹まで魔獣へと変える力が残っておらず、そちらは洗脳か何かを施しているだけなのかも知れないが――
「しかし、ドラゴンか。どう対処する? リュージの付与で強化された錬金銃で仕留められるか?」
「……魔核を撃ち抜けば、可能かも知れません。ですが向こうは超高速で動いているので、上手く止まってくれれば、或いは」
「しくじれば吐息の餌食になるな」
〈鋼鉄公〉は肩を竦めて苦笑しているが、その役目は俺が担っているんだよなぁ……。
せめて一匹減ってくれれば、勝機も無いことは無いのだが――
「……ん、そうか」
俺は手持ちの魔石の中で、それを可能とするものがあることに気付き、腰に下げているそれを見つめた。
だが、相手はドラゴンだ。はっきり言って上手く行くなんて保証は無い。一か八かの賭けになる。
「まあまあ分の悪い賭けだが、乗るしか無いんだろうなぁ」
「何か良い策があるのか、リュージ」
「……良い策、と言えるかどうか分かりませんが……」
俺の呟きを耳聡く捉えた〈鋼鉄公〉を含む会議メンバーへ、俺はその賭けの内容を説明して聞かせた。
「……成程、それが出来れば前代未聞のケースになるな」
「はい、可能かどうかは、俺の魔石の出来に左右されるとも言えますが」
そう、俺の魔石がどれだけ出来の良いものか、それに掛かっている。日頃の研鑽が試される時だ。もし出来なかったら、俺は火炎の吐息で焼き尽くされるだろう。
あっという間に時間は過ぎ、段々と二匹のドラゴンがその姿を露わにしてゆく。右は小型で紅い個体、左は大型で金色の個体。まあ、金色の方は元々そういった個体ではなく、アデリナによって変えられたのだろうが。
大きな樹の裏に隠れつつ、〈刻時〉の刻印魔術が籠められた懐中時計を取り出し、確認する。もうすぐ一〇時。スズの予想よりもかなり早く到着するようだ。
「……しかし、一緒に来なくても……。失敗したら死ぬんだぞ?」
「あら、リュージさんは姿隠しの精霊魔術も使えたんですか?」
「そういう意味ではないんだが……」
困惑している俺に余裕の笑みを見せるレーネ。ドラゴンやアデリナから姿を隠す為、精霊魔術が使えるレーネが同行すると言い出したのだ。
「一蓮托生って言ったのはリュージさんじゃないですか。こんな大事な時にお供出来ないで、何が一蓮托生なんでしょう」
「…………降参だ」
「ふふ」
梃子でも動かない、といった様子のレーネは、俺の降伏に満足そうな笑みを見せた。本当に頑固な所があるよな、レーネは。
「……さて、そろそろ此処にドラゴンが降りる筈だ。俺たちが狙うのは子竜の方だ。準備は良いな?」
「……ちょっと緊張してます」
「正直で宜しい」
そんな軽口を叩きながら、俺たちは北の空を仰ぎ見る。
ドラゴン共はもう其処に迫っていた。
次回は明日の21:37に投稿いたします!