第九二話「援軍により事態は好転したかと思われた」
それからの展開は速かった。
疲れがピークに達した兵士たちと違い、王都から応援に駆けつけた騎士団はこの手の対処に慣れており、例えオーガ相手であろうとも多対一で確実に仕留めていった。
またレーネの活躍も目覚ましく、凄まじい効果の毒薬で大型の種族なども仕留めた他、効果は折り紙付きの回復薬で重傷の兵士たちも一気に復活させている。
「あ、あの傷が立ち所に塞がった……!? なんだ、この効果は!?」
「助けられて良かったです。……亡くなられた方も生き返らせる事が出来れば良いのですが、そのような薬は御座いませんので……」
「死んだ奴はどうしようも無い。生命の倫理に反するような薬なんて、あっちゃ駄目だ」
薬の効果を絶賛していた女性兵士が、救えなかった命に落ち込んでいるレーネをそう励ましていた。十分レーネは役目を果たしているしな。
「傷は塞がったかと思いますが、肉体的な疲労はまだ残っていると思います。ここは騎士団の方々にお任せしましょう」
「そうだな。……まさか、王都から遙々援軍がやって来るとは。それだけこのスタンピードを危険視していたと言うことか」
小隊長へ休息を提言すると、彼はギリギリの状態で助かった命を噛み締めるかのように、胸に手を当てていた。本当に、後一歩の所で崩壊する所だった。
「他の防衛隊はどうなっているんでしょう?」
「そちらにも援軍が行っているとの事だ。俺たちは少し休み、態勢を立て直そう」
俺の懸念も、小隊長は既に伝令を飛ばして確認していたようだった。良かった。ここが持ちこたえても後方が瓦解したら、町に入られてしまうからな。
やがて形勢が逆転し、敗色が濃厚と判断したゴブリン共は撤退を始めた。此奴等は夜行性なので、夜の内に何処か別の場所へ隠れ住もうという算段なのかも知れない。
「追撃しろ! だが深追いはするな! 必ず三人以上の組を作って追え!」
騎士団の小隊長が命令を下すと、指揮の執れた騎士たちは複数の分隊を素早く構成し、三組程度の隊で追撃に入った。残る隊は防衛の続きである。
「……やっと落ち着けそうだな」
「そうみたいですね。お疲れ様でした」
どっかりと腰を下ろした俺を、レーネが見下ろしつつ労ってくれた。騎士団だけじゃない。彼女にも救われた命が大勢あったと思う。
「……なあ、レーネ――」
「リュージさん、諸々の話は、帰ってからでお願いしますね」
言い掛けた俺に、有無を言わせぬ笑顔でレーネは被せてきた。
……まったく、物腰は穏やかだが、俺はこのエルフの尻に敷かれそうだな。
「レーネぇぇ! レーネだ! 来てくれたんだぁ!」
と、若干黄昏れていた所に飛び込んできたのはミノリである。こびりついた返り血が既にどす黒く変色しており、壮絶だ。だが元気だ。アレだけ動いていたと言うのに。
「わわっ! ちょっとミノリ! 血塗れでくっつかないで! 汚れちゃう!」
「ひどっ!」
「非道くない。当たり前」
レーネに拒絶されてショックを受けたミノリに追い打ちを掛けたのは、何時の間にやら俺の背後に来ていたスズである。防御魔術と遠距離攻撃魔術専門だったので返り血こそ付いていないものの、何時もポーカーフェイスの末妹にも疲労が色濃く出ている。
「三人とも、よく頑張ってくれた。閣下からはたんまり報酬を貰わないと割に合わないな」
「そうだねぇ。家のことは勿論として、追加報酬は貰わないと」
俺とミノリの言葉に、レーネとスズもうんうんと頷く。がめついと言うなかれ。命を賭して戦っているのだ。多少は良い思いをしなければ割に合わない。
「……でも、まだやることは残っています。アデリナが来ていません」
何時の間にか白んできた空を見つめながら、ぽつりとレーネがそう零す。そう言えば奴の姿を見ていないし、金色の魔物も見ていないが……本当に来るのだろうか?
「来るだろうか? まあ俺も、このスタンピードは奴が仕組んでいると思ってはいるが」
「はい、必ず来ます。そんな気がするんです」
レーネは確信している。いや、彼女だけじゃない。妹たちもそんな想いなのか、真剣な表情で北の方を見つめていた。自然と俺もそちらを目で追う。
「…………ん? あれはなんだ?」
そんな時、北の空に光る何かを見つけ、俺は声を上げた。まだまだ遠くだが、何かが空に浮かんでいるように見える。
「大気を渡り、我が両目に遠くを見通す力を与えよ、〈テレスコープ〉」
スズも見つけたらしく、すぐに確認するため遠見の魔術を使い北の空を睨んだ。
「…………あれ……は……」
「……何があった?」
北の空を見つめながら呆然とした様子で掠れた声を出したスズに尋常では無いものを感じ、俺が声を掛けると、普段何事にも動じることの無いスズが、震えながら俺の手を握ってきた。何があったと言うのか。
「……ドラゴン」
「…………マジか」
一言でとんでもない事態を理解した俺も、声が掠れてしまったのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!