第九一話「幸先良いスタートなんて言ったのは誰だよ、俺だよ」
「右手からオーガだ、クソッタレ! 右翼は大盾隊が前に出ろ! 魔術師隊へ手を出させるな!」
「左翼にも大型のゴブリン! ヒーロー級と思われます!」
「ヒーローだろうが何だろうがそっちも大盾隊が出ろ! 通すんじゃねえぞ!」
「盾の人数が足りません! 後方の部隊から応援を!」
「駄目だ! 後方も迎撃中だ! 左翼側の近接兵に防御の付与を頼む!」
「了解!」
「重傷を負った者は遠慮無く回復薬を使え! 出し惜しみするなよ!」
俺たち最前線の防衛隊がスタンピードの第一陣をほぼ無傷で撃退してから三日後の夜遅く、打って変わってそこは地獄と化していた。幸先が良いなんて考えた俺が馬鹿だったよ。
まあ勿論想定はしていたんだが、流石に人型の魔物たちはただ突っ込んでくるような馬鹿じゃなかった訳で。だがしかし想定以上の数と想定以上の種族が襲ってきているのである。オーガまで居るなんて考えねえよ。普通なら第三等クラスの冒険者が担当だよ。
俺は〈エルムスカの魔石〉をフル稼働させて、遠距離から付与を掛けまくっている。レーネの魔力回復薬のお陰で魔力だけはなんとか持ちこたえているが、肉体的にも精神的にもかなりキツい。疲れから失敗しないように集中しているが、限界などとうに超えている。
「リュージの名において、この者が持つすべての物の姿を戻す力を与えん! 〈修復〉!」
物体を一時的に元の姿へ戻す〈修復〉を掛け続けているが、ダメージを受け続けた防具は付与が切れた途端に損壊する。つまり俺は、この戦いが終わるまで〈修復〉を掛け続けなければならない。誰か付与術師を呼んでこい、畜生。
しかし――やはり気のせいでは無かった。俺の足元だけ草が枯れていっている。それだけでは無い、地面にヒビが入ったりもしている。
……もしかしなくても、これは〈エルムスカの魔石〉の副作用か。『ギフト』の魔石には必ずと言って良いほど副作用があるからな。忘れていた。恐らく大地の力を吸い取るなどするのだろう。今度から使用するときは周りに注意だな。
まあ……この場から、生きて戻れたらの話だが。
「でやぁぁぁ!」
前方では味方が倒れて行く中、ミノリが雄叫びを上げながらホブゴブリンやゴブリンヒーローを容易く斬り裂いている。最早返り血でずぶ濡れになっており、声だけで判断するしか無いが。
スズもスズで後方の櫓から広域防御魔術を展開しつつ高等魔術で遠距離の敵を〈グングニール〉で射殺す複数魔術展開という離れ業を繰り広げている。この二人で三〇人位の働きだと思っていたが、一〇〇人位に訂正した方が良いかも知れないな。
しかし、悲しいかな、味方が倒れて行くお陰で付与の対象が少なくなって楽になってきている。最前線もそろそろ突破されそうだ。
「小隊長! 第二次防衛線付近まで撤退の許可を!」
「後方も迎撃中だ! ここを突破されたらそっちが側撃されるんだよ!」
大盾隊の分隊長と小隊長が一分おき位に押し問答をしている。なんとも厳し過ぎる状況だ。付与や回復が遅れ倒れて行く者も多いし、ここが限界だと思うが――如何にしても後退は許されないらしい。
「左翼、突破されました! 後方気を付けてください!」
「……マズい!」
流石に看過できない叫びを聞いて、俺はすかさず杖を持っていない右手だけで錬金銃を構え、左側から魔術師隊へ駆けて来るゴブリンヒーローへ狙いを定め、引鉄を引いた。標的は眉間を貫かれ、そのまま勢いよく突っ込みぶっ倒れる。
「助かった、ありがとう!」
「礼は後で! 左翼側をバックアップしてくれ!」
九死に一生を得た、という表情の女魔術師へそうは言ったものの、既に左翼側は多くの戦士たちが倒れ、瓦解しかけている。最早、ゴブリンやオーク共が雪崩れ込んできてもおかしくは無い。あの数が来たら今のような対処は無意味だ。
せめて、応援でも来てくれれば違うのだが――
「……ん?」
俺は左翼で攻め込んで来ているそのゴブリンやオーク共に、妙な動きを見つけて目を細めた。暗くて分かりにくいが――
「……倒れていっている? それも、勝手に?」
間違い無い。ゴブリンもオークも、口から泡を吹いて苦しみ藻掻きながら倒れている。左翼で頑張っていた近接戦士たちにはそんな事は無く、皆戸惑っているようだった。
「これは、まるで……毒? でも、何処から?」
「正解ですよ、リュージさん。毒薬を風魔術で流したんです」
今や懐かしい声に、俺はそこが戦場だということも忘れて咄嗟に振り向いた。
そこには見まごう筈も無い。レーネの姿があった。後ろには弾薬など物資を積んだ荷車を引いているガドゥンさんまで居る。戦場まで来てくれたのか。
「……レーネ」
「はい」
若きエルフの錬金術師は、その顔にホッとしたような表情を浮かべていた。俺も妹たちも生きていたことに安堵したのだろう。
こうして生きている内に再会出来て、本当に良かった。
そして、レーネだけでは無い。その後ろからは、なんとバイシュタイン王国の騎士団も駆けつけていた。これは――
「王都より援軍として参った! ここまで良く持ちこたえてくれた! 後は引き受けるので、交替するまで踏ん張ってくれ!」
王都より来た小隊の隊長は、高らかにそう激励したのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!