第九〇話「そしてスタンピードは訪れる」
その日、一日待ったがスタンピードの第一陣は現れなかった。スズの目算通り、明日に到着する可能性が高いのだろう。
第一陣は動きの速い四つ足の動物系だ。錬金銃が早速役に立ってくれそうだが、熊などに効くかどうかは疑問だ。その時は俺の出番となるだろう。
そして交替で仮眠を取り、翌朝の早い時間、いよいよもって其奴等は現れたのだった。
「来たぞ! 来たぞぉぉぉ!」
櫓の上から見張りの大声が響き、辺りにかつて無い程の緊張が走る。皆、戦闘準備は整えていたものの、いざ戦いとなれば一瞬の間違いが生死を分ける事になる。集中せねばなるまい。
半身に朝焼けを浴びながら、犬――ではなく、蒼い魔狼の〈ブラウヴォルフ〉が北の平原から続々とやって来ているのが分かる。中々に圧巻だ。
「ミノリ、スズ、予定通りに頼むぞ」
「任せて」
「ん、分かった」
俺は隣の妹たちに呼び掛け、自分も錬金銃の準備に入った。弾薬はしっかりと装填されている。これが無いと話にならない。
さて、最初の狼は恐らくそれ程苦労はしないだろう。何故なら――
「大気に潜む水よ、雨となりて降り注げ、〈スコール〉」
スズたち魔術師の水魔術が発動し、前方の地面が湿ってゆく。
勿論、こんなもので狼どもが止まると思ってはいない。これは――臭いを消すのが目的だ。
「範囲に入ります!」
見張りがそう言うが早いか、狼どもは前方五〇メートル辺りに迫り、そして――続々と消えて行った。
「ギャイン!」
消えた筈の狼たちの悲鳴が次々と上がる。それはまるでやっと聞こえた鬨の声のようだったが、実際の所、奴等は死に至っている。
「おうおう、上手く掛かってくれたな」
目を細め、遠くを見やる若き小隊長殿が満足そうに頷いた。
防衛隊も馬鹿では無い。ここ一ヶ月位何もせずに居た訳では無く、今悲鳴の上がっている地点に深い落とし穴を掘り、中にたっぷり杭を仕込んでおいたのだ。軽快に走っていたからな、気付いたところで急に止まれる訳が無い。
ただ、狼たちは鼻が利く。そこでさっきの水魔術が必要になったという訳だ。これでスタンピードの先鋒隊の戦力をある程度削ぐことは出来た。
「さて、屍を越えてきた奴等は錬金銃で迎え撃つぞ! しっかり眉間を狙え! 後は弾丸が勝手に飛んでいく! 焦るなよ!」
応、と最前線で大きな声が上がる。最初の策が上手く行ったことで士気も高まっているようだ。幸先の良いスタートになったと言えるだろう。
狼は銃撃を二、三匹抜けてきた個体が居たものの、ミノリたち近接戦士の武器の錆となった。錬金銃に加え、後方から矢を雨あられと降らせたことが大きかったと言える。
だが、そう簡単に倒せないような手強い奴等が早速現れた。
「大型の〈フェルゼンベーア〉だ! 大盾隊前に出て真ん中に誘導しろ! 他の者は手筈通り後退して待機だ!」
全身に岩の皮膚を纏った大型の灰色熊が単独で現れた事で、早くも隊列の変更が行われることになった。大盾を持つ重戦士たちが前に出る。
だが三メートル級の熊の突進など受けられるものでは無い。盾で受ければ蹴散らされてしまうのがオチである。
「正面は空けておけよ! 付与術師が止める!」
そう、これを止めるのは俺の仕事なのだ。
「リュージの名において、何をも貫く刃と化せ、〈鋭利〉!」
〈エルムスカの魔石〉を使った強力な付与が、装填された弾丸に掛けられる。この威力は邪神の〈犬〉の時に確認済みである。焦らなければ熊など敵では無い。
息を整え、正面から突っ込んでくる岩熊の眉間に狙いを付けた。
「今だ、撃て!」
櫓の上から合図が聞こえ、俺は引鉄を引いた。
超高速で飛び出した弾丸は正確に熊の眉間に突き刺さり、反対側へと抜けていく。熊の両目がぐるんと白に変わるのが見えた。
「うわっとぉ!?」
即死したとはいえ突っ込んでくる勢いはそのままだ。俺はあわやと言うところで熊の死体を躱した。そのまま熊はゴロゴロと転がり、遙か後方で止まった。危ねぇ……。
「あの熊を一撃とは、いやはや、すげぇ威力だな」
「危うく死体に殺されそうになりましたが」
感心する小隊長とは対照的に、俺はきっと憮然とした表情をしていたに違い無い。
「…………ん?」
苦笑する小隊長が去って行った後、妙なことに気付き、俺は小さく声を上げた。
何やら、俺がさっきまで居た場所の周辺の地面で草が枯れている。丁度、円を描いたようにそこだけが枯れているのだ。
周りを見回す。他にこんな妙な状態となっている地点は無い。
「……偶然、か?」
俺は取り敢えず迫り来るスタンピードに集中すべく、その事を一旦忘れることにした。
後は鹿の魔物〈デーモンヒルシュ〉などもやって来たが、おおよそ被害と言える被害は殆ど無いままに一日目の先鋒隊を殲滅させる事が出来た。上々の結果に〈鋼鉄公〉も上機嫌でいらっしゃった。
しかしこの後は知恵有る魔物たちがやって来るだろう。そう簡単にはいかない筈だ。
次回は明日の21:37に投稿いたします!