第九話「幕間:とあるパーティの崩壊(後編)」
※引き続き三人称視点です。
「ただいま……」
「おう、なんだミノリもスズも。随分とボロボロだな」
たまたま受付に顔を出していた冒険者ギルドのギルドマスター、イーミンは、疲弊した様子の第二等冒険者姉妹に向かって心配そうに声を掛けた。
「まあね……、ガイがやらかしてさ、迷宮で撤退する羽目になって」
「スズたち、最後まで殿務めた。ガイもショーンもマリエも、スズたちに押しつけて逃げるだけで話にならない」
溜息を吐く姉妹。
だが彼女たちもそうなった理由は分かっている。ガイが魔石をリュージに返したからである。
リュージの作った、体力を増強させる〈昇華の魔石〉と、身体能力を高める〈豪腕の魔石〉は、どちらも優秀な付与術師でなければ作り出せないものである。
いや、普通の付与術師でもなんとか作り出す事自体は出来る。その力を十全に引き出す事が出来るのは、一握りの高い技術を持つ者たちだけなのだ。
「そいつは大変だったな……。ということは、依頼は失敗か?」
「うん。ガイはなんとか期限を引き延ばしてこいって言ってたけど、まあガイがあの調子じゃ達成出来るか怪しいし、無視していいよ」
「賢明だな」
身も蓋も無いミノリに、イーミンは苦笑して見せた。依頼失敗が重なれば冒険者等級の降格も有り得るが、元々この姉妹は等級というものにそれほど頓着していないのである。
「って、そうだギルマス! 聞きたいことがあったんだけど――」
ミノリが丁度良いと何か尋ねようとしたところを、イーミンが手で制する。
そして辺りを注意深く確認した。
「聞きたいことは大体分かっている。……ガイたちは居ないな?」
「う、うん。アイツらなら宿に居るよ」
「分かった。ならこの場で読め」
ガイに何か秘密の話があるのか、そう思ったミノリとスズに、イーミンから一通の手紙が差し出された。
差出人はリュージ。宛名はミノリとスズになっている。
「これって……!」
姉妹は頷くと、急いで封を開けて中身を確認する。
ミノリとスズへ
もう聞いているかも知れないが、俺はガイから役立たずの烙印を押され、パーティから抜けざるを得ない状況になった。
この街で俺が冒険者として活動することは、もはや難しい。
そこで、知り合った錬金術師と共にバイシュタイン王国の南西にあるザルツシュタットの街で工房を構えることにした。
俺としては可愛い妹たちと今生の別れをするつもりは無いので、二人が良ければ来て欲しい。
待っている。
リュージ
「……ザルツシュタット」
「うん、そう書いてある」
「可愛い妹たちを、待っている、だって」
「……うん」
ミノリは、まるで水を得た魚のように生き生きとした表情を浮かべ始めた。リュージは最初から二人の妹たちと別れるつもりなど無かったのである。
「読んだか?」
「うん、読んだ。ありがと、ギルマス」
「ギルマス、ありがと。ガイに行き先を知られないように、こっそり預かってくれてたんでしょ」
まるで何もかも分かっていたかのようなミノリとスズの様子に、イーミンはニヤリと笑って見せた。
「流石はアイツの妹だな、察しが良い」
イーミンのその言葉に、ミノリはにんまりと元気な、スズは控えめな笑顔を浮かべた。
「とーぜん、あたしたちはリュージ兄の妹だからね!」
イーミンに手紙の処分を任せ、ミノリとスズはこれからのことを話していた。
徒歩で向かえば移動に半月も掛かる場所であり、ベッヘマーからならばバイシュタイン王国の王都ラウディンガーを経由する乗合馬車を利用するのが得策である。
「え? じゃあスズはすぐ行くつもりは無いの?」
「ん、後から乗合馬車で行くつもり」
「どして?」
一緒に行けば色々と楽なのに、と思いながらミノリは首を捻るも、スズはというと手にした魔術書を掲げ、淡々とその理由を語ってみせた。
「知り合いから借りた魔術書、読み終わってない」
「ぷっ!」
如何にもスズらしい理由に、ミノリは思わず噴き出してしまった。この幼い天才魔術師が何よりも真理の探究を優先するのは、今に限ったことではないのである。
「分かったよ、スズ。でも何か困ったことがあったらすぐに出発するんだよ。あのリーダーを名乗るサルは、何しでかすか分からないからね」
「ん、分かった。ミノリ姉も気を付けてね」
姉妹はしっかりと互いの小さな身体をしっかりと抱き締め、暫しの別れを惜しんだ。
「……ミノリ姉、またおっきくなった?」
「う、うるさいっ!」
慌ててスズから身体を離したミノリは、顔を真っ赤にしながら最近の悩みの種である自分の豊かな胸部を隠したのだった。
次回は一〇分後の22:07に投稿いたします!