第八九話「妹たちが虐める」
『……スタンピードは街道沿いに南下を始めた模様。北上している様子は無いから、全ての魔物がこちらに向かってると思う』
「分かった、戻ってきていいぞ、スズ」
『ん』
念話でそんなやり取りをした一分くらい後、杖に横座りした格好のスズが空高くから降りてきた。空を飛ぶ〈フライト〉と遙か遠くを見通せる〈テレスコープ〉を使用してスタンピードの様子を確認してくれたのだ。ちなみにどちらも高等魔術である。
俺は口下手なスズの代わりに防衛部隊の総大将であるホフマン公爵閣下へ現状を伝えた。閣下は芳しくない状況について渋面を露わにされている。
「やはり来たか。一応北のロイブラウ侯爵領にも部隊は派遣していたが、こちらに来るとは思っていた」
閣下が仰るにはシュトラウス侯爵領の北、ロイブラウ侯爵領の方にも部隊を展開していたものの、結局裏を掻かれることは無かったようだ。
シュトラウス侯爵領にも部隊は派遣していたものの、余りに大規模なスタンピードだった為、その部隊の隊長は態勢を立て直す目的で中隊を二つに分け、避難民たちと共に南北に移動させたらしい。
「遂にスタンピードが動きを見せたか……」
魔物の軍勢は地平の彼方の更に先に居るだろうが、俺はそちらへと視線を送り溜息を吐いた。どれだけの魔物が居るか分からないが、楽な戦いにはならない。犠牲は免れ得ないだろう。
さて、俺たちが参戦を決めてから町の北口に展開している陣の上空で毎日スズに状況を確認して貰っていた訳だが、一一日目の今日、こうして動きがあったことを伝えたことで、一気に周りで緊張感が高まったのが分かった。
「規模はどの位か分かるか?」
「……スズ、分かるか?」
閣下の質問を丸投げすると、スズは珍しくその顔を難しそうな表情に変えて考え込んだ。恐らくスズなりにどうすれば上手く伝わるか悩んでいるのだろう。
「……先陣は、足の速い魔物……犬とか鹿とか四つ足の動物系が一〇〇匹くらい? それが早くて二日後到着。その後はゴブリン、オークとか人型が三〇〇匹くらい。これはたぶんその三日後?」
「…………多いな」
「多いですね……」
スズの言葉を直接聞いていた閣下が顔を顰められ、俺もそれに倣った。こちらの兵は二〇〇人に満たない。最初の動物型の時点で、二人で一匹以上を相手取らないといけないことも悩ましいが、その後は三〇〇か……。
「だが、こちらにはコレがある。鍛冶工房をフル稼働させて間に合わせた甲斐があったというものだ」
そう仰った閣下は、手元の錬金銃に手をやり、感触を確かめておられた。レーネとガドゥンさんたち鍛冶師のお陰で、五〇丁の錬金銃が用意出来たのである。数としては兵の四分の一程度にしか渡っていないものの、強力な武器だ。弾薬が限られているとは言え、使いどころさえ間違えなければ戦いは有利に運ぶことになる。
この錬金銃でも、〈大金剛〉の防壁が貫けないことは確認済みである。なので、現状〈大金剛の魔石〉を持っている俺、ミノリ、スズ、その他閣下を含めた小隊長クラスは誤って撃たれたとしても無傷である。……他の前線に居る兵たちは不安だが。
「まあ、今は待ちだな。そう言う訳で、明日から配置に就いて貰うぞ。今日は英気を養っておけ」
「承知いたしました」
「了解です!」
「報酬忘れないで、閣下」
俺と妹たちは閣下の命令に対して思い思いの応えを返した。……一人だけえらく肝の据わったことを言ったのは、勿論スズである。
翌朝、再び町の北口に集まった俺たちは、最前線である精鋭部隊に配置されることになった。ホフマン公爵閣下、いや〈鋼鉄公〉も最前線かと思いきや流石にそんな事は無く、最重要の指揮命令系統なのでやや後方に位置取っていらっしゃるようだった。
「ねえ、リュージ兄」
「なんだミノリ」
「レーネと何があったの?」
マジックバッグから必要なものを取り出していた俺は、危うく魔石を取り落としそうになった。振り返って見てみれば、ジト目の妹たちが並んでいた。
「い、今その話をするのか」
「だって、あたしたちには見送りしてくれたのに、リュージ兄には露骨に声掛けなかったじゃない。何したの」
動揺してしまった俺を睨みながら問い質すミノリ。おかしいな、遙かに小さいミノリに見下ろされている気がするぞ?
まあ、アレは露骨だったよなぁ。妹たちとベルの前では避けている態度を見せていなかったレーネだったが、今日の見送りでは俺にだけ何も言わなかったし。
「俺が何かしたのは確定なのか」
「ん。間違い無い」
スズまでもが容赦なく責め立ててきた。非道い。妹たちが虐める。
仕方なく、事の発端となった一〇日とちょっと前の出来事を話すと、妹たちは俺を馬鹿にしているかのように盛大な溜息を吐いた。ミノリは兎も角こんなスズは初めて見る。
「リュージ兄のヘタレ」
「やーいヘタレ」
「容赦ねえな……」
まだスタンピードも到着していないというのに、妹たちの口撃でメンタルがバキバキにやられているんだが、どうすればいいんだコレ。
「あのさぁリュージ兄。リュージ兄だってレーネのこと好きなんでしょ? それ伝えればいいだけの事じゃん。難しいこと考えすぎなんだよ」
ミノリはそんな事を宣い、俺の胸にトン、と人差し指を突き立てた。妹に説教されることになるとは思ってもみなかった。
「……でも、俺が死んだらそれを裏切ることになるし、レーネの心に傷を負わせることになる。それが怖い」
そう、俺の気持ちは一貫してそれなのだ。相手を裏切って傷を負わせることなど、したくは無いのだ。
けれど妹たちは、俺のそんな気持ちなどお構いなしに噛みついてきた。
「そんなの、リュージ兄が心配することじゃないの! レーネが決めることなの!」
「リュージ兄、女の子はそんなヤワじゃない。女の子に失礼」
うぐ、正論過ぎてぐうの音も出ねえ。
……結局、それを理由にして俺は逃げているだけなんだよな。分かっているんだ、本当は。
そう、俺はどうしようもなくヘタレで臆病なんだ、こういうことには。
「帰ったらレーネに謝って、ちゃんと答えるんだよ!? 分かった!?」
「……わかりました」
兄妹喧嘩をここでするつもりもないので、俺はミノリの言葉へ素直に従った。周りの兵士からの視線が痛ぇ。
しかし、帰ったら、か。無事に帰れれば良いんだがな、本当に。
次回は明日の21:37に投稿いたします!