第八八話「俺はどうしようもなく臆病なんだ」
※リュージの一人称視点に戻ります。
「それで公爵閣下直々の頼みを断り切れなかったんだねえ」
「断り切れなくて面目ねぇ……」
ミノリは苦笑、スズは相変わらず何を考えているのか分からずぬぼーっとしているが、俺は申し訳無さに項垂れていた。今はデカい図体も小さく見えるに違いない。
買い物から帰った俺とベルは、早速ミノリとスズにホフマン公爵閣下から対スタンピードへの参戦を依頼されていることについて相談していた訳である。作業の一息と言うことでレーネにも出て貰っている。
「そうだねぇ、あたしは別に参戦することもやぶさかじゃないよ。ただ、報酬はしっかり欲しいかな」
「ん、報酬だいじ」
ミノリの言葉に、スズも重々しく頷いている。妹たちは参戦自体に反対はしていないらしい。なんとも逞しくなったものだ。俺が過保護過ぎるんだろうか。
ただ、俺の隣に座るエルフはそうでもないらしく、しょんぼりと耳を垂れ下げている。
「スタンピードを食い止める為に、リュージさんたちも参戦ですか……。心配です……」
「……まあ、自己評価が高過ぎると思われるかも知れないが、俺が居るのと居ないのとでは戦力に大きな差が出るだろうしなぁ」
「前線で戦える付与術師は貴重だもんねぇ」
流石に前線で戦うミノリは俺の言わんとしていることを理解しているよな。付与の有る無しが戦士たちの生死を分ける事だってあるのだ。
文字通り一時的に肉体の強化などを行える一時付与は、地味だが高い効果がある。
しかし通常、一時付与というのは相手に触れていないと行使出来ない。だからこそ付与術師にも前線で戦う能力が必要なのだ。
……俺が先日初めて使った〈エルムスカの魔石〉が有ればそれを無視できるが、それは例外とする。
「〈鋭利〉が有れば素早く敵を始末させられるし、〈修復〉が有れば防具の損壊を引き延ばせる。正直な話、リュージ兄が出ない話は無いと思うよ」
「まあな。俺は出るつもりだったが」
ミノリに言われるまでも無く元々俺だけは出るつもりであったが、そもそも妹たちが参戦するのに俺が出ない訳にもいかない。
……こういうところが、過保護だって言うんだろうか。
工房で火薬の生成に勤しむレーネを後目に、俺も妹たち用の〈大金剛の魔石〉の作成に掛かった。ベルは只今昼飯の準備中である。何気にアイツの飯は美味い。
「ええと……〈大金剛の魔石〉二つ分は……出来るな。どんな魔物が来るか分からんが、妹たちが傷一つ無く生還出来る位には気合い入れて創らねぇと」
ぶつぶつとそんな事を呟きながら、俺はストックしてあった材料を棚から取り出した。只今レーネは作業中なので、錬金術で材料の再作成とならぬように失敗は出来ない。
「ふふ、リュージさんって本当にシスコンですよね」
「……レーネに言われてしまった」
と思ったら、作業が一段落付いたのか、手を止めたレーネがクスクスと笑っている。きっと今の俺は砂でも噛んでいるような顔をしているに違いない。
「うそうそ、嘘です。それ程にリュージさんは優しいんですよ、きっと」
「どうだろうな……」
からかわれてしまった。優しくあろうとは頑張っているが、その結果が表れているのであれば嬉しいことだ。
「ねえ、リュージさん」
「……ん? なんだ、レーネ?」
何処か何時もと違うレーネの様子に、俺は作業に取り掛かろうとした手を止めた。彼女は少し陰りのある表情でこちらを見つめている。
「まだ、答え……くれないんですか……?」
答え。
何の答えの事かは分かっている。何時ぞやレーネは告白してくれたというのに、俺はまだその答えを明確に返していない。
別に「俺も好きだ」と言うこと自体は簡単だ。自分の気持ちを度外視すれば。
「………………」
「やっぱり、答えてくれないんですね」
小さく溜息を吐くレーネ。明らかに、俺への失望が見て取れた。
言うことは簡単だ、言うことは。
だがそれを口にした後、自分が裏切ってしまう事が怖いのだ。特に、長命なエルフである彼女に対しては。
スタンピードのような戦いに身を投じたりすることで、万が一物言わぬ存在となった時、俺は彼女を裏切ってしまう事になる。そんな事が、怖いのだ。
「…………俺は――」
「意気地なし」
俺の震える声での言い訳を、レーネは食い気味に被せ、作業を再開するつもりなのか俺から背を向けた。
一瞬見えたその瞳の端に、涙が光っていた。
次回は明日の21:37に投稿いたします!