第八五話「職人の血の前では確執など無意味なのである」
先日のアデリナによる軍の駐屯所襲撃から三日。俺とレーネはとある理由により商工ギルドから紹介された鍛冶工房〈ヘリオス〉を訪れていた。俺たちは部屋の入口に立たされているため、炉は近くに無いものの十分にここまで熱気が漂ってきている。暑い。
「随分と広いんだな」
「そうですねぇ、これだけ広くて設備も人員も揃っていると大量生産にも向くでしょう。羨ましい……」
工房内でせっせと働いている作業員たちを目で追いつつ、無い物ねだりな事を口にしながら、俺たちは〈ヘリオス〉の工房長がやって来るのを待っていた。
「済まない、待たせたな。〈アルテナ〉の二人で合っているか?」
待たされること二〇分程経ってから、俺たちの下へ一人のドワーフがやって来た。背は俺の鳩尾あたりまでしか無く、白髪の混じった茶色の髪を後ろで縛っており、長い顎髭が特徴的だ。
「はい、〈アルテナ〉の付与術師、リュージです。こちらは錬金術師のレーネです」
「〈ヘリオス〉の工房長、ガドゥンだ。それにしても……エルフか」
「ええと…………はい……」
やって来たのがエルフだと知り、露骨に渋い顔をしたガドゥンさんと、申し訳なさそうに縮こまるレーネ。まあ、この二種族の確執は古代からのものだからな、仕方無い。
「……ガドゥンさんのお気持ちは人間である俺には分かりかねますが、これはビジネスですし、何より状況が状況です。ここは堪えて――」
そう宥めすかそうとした俺を、ガドゥンさんは手で制する。まあ工房長なんてやっているんだし、言わなくても分かるよな。
「わかっとる。……で、そのエルフの嬢ちゃんが、錬金銃とやらの仕組みを教えてくれるのか?」
「はい、そうです。完成品はとても危険な道具となりますので、扱いはどうぞ慎重にお願いいたします。……容易く人を殺せる道具ですので」
レーネの警告に、ふむ、と熟考するガドゥンさん。その瞳には好奇の光が宿っている。この人も当然ながら俺たちと同じ職人の血が流れている訳だからな、興味を示すのも当然か。
「では、多少は涼しい部屋で構造の説明をお願いしよう。こっちへ来てくれ」
手短にそれだけ告げ踵を返したガドゥンさんの後を、俺たちは慌てて追い掛けたのだった。
邪神の〈腕〉改め〈犬〉の魔核をレーネの放った銃弾が砕いた後、彼女はホフマン公爵閣下から錬金銃について色々と問い質された。何しろ手軽に扱えてピンポイントの遠距離攻撃を行える道具だ。閣下のようなお方が即時軍に取り入れようと考えてもおかしくなかった訳だ。
まあ、でもあの時はレーネの錬金銃に頼るしか無かったし、いずれは公の前で使っている所を見られる運命でもあっただろう。
……ただし、スタンピードに向けて急ピッチで大量生産しろと言われるとは思いもしなかった訳だが。
「つまり、前方以外はほぼ密閉された銃身という部分から火薬の爆発力で飛び出した物体が、高速で標的に当たる訳か」
「はい。その物体は弾頭と言います。弾頭は実際に標的へ当たる部分ですが、発射される前は弾薬と呼んでおり、薬莢と言う火薬を詰めている部分も付いています。弾頭には比重の重い鉛を使用しており、薬莢の火薬には私が調合した薬を使っています。その薬を爆発させる雷管と言う部分を後ろから叩く事で、火薬に引火するのです。また、弾頭に魔力を籠めることで標的へ誘導されるようになりますが、逆に言いますと、魔力を扱える方でなければこの道具ではまともに当てられません」
「こりゃあすげえな……。この技術、他に知っている奴は居るのか?」
「以前一緒にこの錬金銃を創って頂いた職人さんがいらっしゃいましたが、ご病気で亡くなられています」
エルフとの確執など遙か彼方に忘れ去ったガドゥンさんは、昔レーネが描いたという設計図をガン見しながら、革新的な技術に大興奮している。一歩間違えれば人殺しの道具な訳だが、それでもこの技術を知って興奮しない職人は居ないだろう。俺だってそうだった。
「しかしそうすると、弾薬はレーネさんが一緒に造らないといけない訳だな」
ガドゥンさんは気になった箇所を遠慮無く確認している。何時の間にか呼び方が「エルフの嬢ちゃん」から「レーネさん」に変わっている。職人として敬意を見せているんだろうな。
「その辺りは私が薬品を納品いたしますので、設計通りに造って頂ければと」
「承知した。となれば、先ずは何より型作りから入らにゃならんな。公爵閣下からの依頼だし……スタンピード対策だ、手を抜く訳にゃいかねぇ。すぐに取り掛かろう」
そこまで言うと、ガドゥンさんは「すぐに戻る」と言って設計図を手に部屋を出て行った。恐らく、早速型作りへ入る為に作業員を動かすんだろう。
「ふぅ……説明は緊張しました……」
「お疲れ、レーネ。こちらとしては、後は大量の火薬を創るだけか。これでスタンピードへの対策も大きく前進だ」
「はい、ただ…………」
明るい話ではあるものの、レーネの顔にはありありと不安が表れていた。まあ、理由は分かる。
「錬金銃は人を殺せる道具になり得るし、そこを心配しているんだよな? その為の『セーフティ』なんだろ?」
「はい…………でも、それでも万が一ということも有りますし」
今回、錬金銃が悪用されないように、それぞれの銃には使用を制限する魔術を組み込むことにした。これを利用することで、銃が所有者以外の人に使われることを防ぐのだ。これは刻印魔術であり道具の内部へ物理的に刻みつける為、解除することは出来ない。
また逆に、銃を弾丸と紐付ける為、銃を悪用した場合は弾丸からその所有者が使ったことが分かるのだ。俺たちはこの仕組みを『セーフティ』と呼ぶことにしたのである。
「まあ、上手く管理していくしか無いさ。俺は俺で、閣下から頼まれた魔石を頑張って創ることにするよ」
肩を竦め、俺はいよいよ間近に迫ったスタンピードの発生に向けた準備に覚悟を決めたのだった。
そしてその翌日、ホフマン公爵閣下の下より俺たちの工房へ伝令がやって来た。
三日前にスタンピードが発生し、シュトラウス侯爵領を蹂躙中、との事だった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!