第八三話「腕を掻い潜り、駆けろ」
〈腕〉は振りかぶった拳を振り下ろした。不可視の衝撃が正面に立つ俺と兵たちを襲う。彼らの大盾は役目を果たし、その身体をしっかりとその場へ留まらせていた。
だが俺の構えていた大盾には――
「……よし、成功だ」
「な、何がですか?」
「ほい、これ」
後ろで身を縮こまらせていたレーネへ、俺はさっき発動させた魔石を渡した。魔石の淡い光は魔力を与えた持ち主から離れた為に段々と薄れていくが、今度はレーネが魔力を与えれば使える筈だ。
「これって……?」
「この間閣下に納品する前、予備で創っておいたもう一つの〈大金剛の魔石〉だ。これで不可視の攻撃は防げる。盾は必要無いという訳だ」
「あっ……!」
その手があったか、と言わんばかりにレーネは目を丸くした。保険のために大盾を構えていたものの、魔石の効果で衝撃は完全に無効化されていたのだ。
「と言う訳で、〈腕〉の足元……足元って言い方は変だが、まあ、あの辺りに倒れている兵士を助けに行ってくる」
「え、でしたらリュージさんが魔石を持っていた方が良いのでは?」
「まあ、レーネが大盾を持っている兵士の後ろに隠れさせて貰うって手もあるが、レーネは盾の後ろに居るより〈腕〉を正面から攻撃出来る位置に居た方がいいだろ。〈大金剛の魔石〉があればそれが出来る」
「それはそうですけど……」
不安そうなレーネを安心させる為に、俺は魔石を握る彼女の手をそっと両手で包んだ。
「心配するな、ちゃちゃっと助けてくる」
「……分かりました」
レーネは少し憮然としたものの、頬を染めて頷いてくれた。妹たちだけでなく、レーネの為にも簡単に死ねなくなったな。
「閣下、よろしいですか。身軽な俺があの操られていた兵を助けに参ります」
杖とマジックバックを置いて身軽にしてから、〈腕〉との睨み合いを続けておられる閣下に声を掛けると、ようやく首だけこちらを向いて頂けた。事を起こすにも連携しないとマズいからな。
「む、遠距離攻撃からの防御をせずにレーネは大丈夫なのか?」
俺のことを全く心配していない辺り、信頼されていると言って良いんだろうか。……良いんだろうな。
「はい、あの遠距離攻撃が〈大金剛の魔石〉で防げると分かりましたので、持たせました」
「ほう、あの魔石で防げたか。ならば、某が持っている分をお前が使え」
ごそごそと鎧の腰に結んだ袋を漁った閣下は、以前納品した〈大金剛の魔石〉を俺へと渡してきた。
「え、閣下がお持ちだったのですか?」
「まあな、スタンピードが南下してきた際、前線に立つ時に使うつもりだった」
あ、そういうことですか。しかし公爵閣下ともあろうお方がスタンピードの最前線で戦われるとは。生粋の武人なんだなぁ。
「鎧を身に纏っていないリュージならば救助も容易かろう。頼んだぞ」
「承知いたしました。行って参ります」
閣下へ敬礼してから、俺は〈豪腕の魔石〉で強化された瞬発力を解き放ち、倒れている兵の下へ猛ダッシュした。ちなみに〈腕〉には〈神殺し〉の力があると思われるので役に立たないであろう〈フューレルの魔石〉はさっきマジックバッグに放り込んでおいた。
さて、〈腕〉は……突っ込んでくる俺に対してその掌を開き、掴みかかってきた。そりゃ反応するよな。
だが遅い。瞬発力の強化された俺をその程度の動きで捕まえようとは片腹痛い。〈腕〉の手首側へ方向を変えて攪乱する。一瞬見失うような動きをしたな。全体が見えている訳では無さそうだ。〈腕〉には何処か目に相等する器官があるのかも知れない。
易々と兵士の下へ辿り着いた俺は、彼を首の後ろで担ぎ上げて離脱の体勢を取る。さて、〈腕〉は――
「リュージさん! 危ない!」
レーネの声に振り向くと、〈腕〉は高々とその掌を振り上げていた。蠅を叩くように兵士ごと俺を潰す気か。
「関節部分を狙え!」
でも、そんなことは閣下と部下たちが黙っていない。俺へご執心の間に、〈腕〉へ近付いていた閣下と兵たちが上腕と下腕を繋ぐ肘の内側にあろう腱を狙って剣と槍で猛攻撃を始めたのだ。
「漂う空気よ、刃となりて敵を討て。〈エア・カッター〉!」
レーネの杖から放たれた風魔術は絶賛攻撃中の兵たちを迂回し、正確に〈腕〉の腱を切り裂いた。血飛沫の代わりに瘴気らしきものが噴き上がる。
たまらず〈腕〉の下腕は力を失い、バランスを崩してゆっくりと倒れ込んだ。その隙に俺は兵士を担いで急ぎ後方へと駆ける。これで一次任務完了だ!
次回は明日の21:37に投稿いたします!




