第八〇話「町はかつての姿を取り戻しつつある」
翌朝の早い時間、ライヒナー候に訳も分からぬ俺とレーネが連れて来られた場所は、港だった。
「新造船は修理中か。大きく壊れたのが舳先だけだったのが幸いだったと言うべきか」
あの触手が再び現れるのでは、という不安を持っていた領民たちへ、ライヒナー候は騒ぎを起こした張本人がこの場を離れたことを話して粘り強く説得したらしく、港には以前の活気が戻っていた。流石に邪術師だという事実は伝えなかったらしいが。
「って、あれ? あの船の旗……」
「ん? どうしたレーネ?」
レーネが港に停泊している一隻の中型船に注目している。いや、正確にはその旗だ。あれは……何処かで見たような。何処の国だ?
「あれは、ゴルトモント王国の王都グロースモントの商工ギルドに所属している商船だよ」
「……それって、つまり海外との取引を再開したという事ですか!?」
ライヒナー候はさらっと話したけれども、それが事実ならば俺たちにとって非常に良いニュースであり、俺は若干興奮して声高になってしまった。
成程、俺たちがここへ連れ来られた理由が分かった。ゴルトモントとの取引が再開されているということは、〈金剛の魔石〉の材料である〈ヘイムン草〉も輸入されている可能性があるのだ。
「そうなるね。これは第一陣になると言う訳さ。まあ、予定ではあの新造船も数日中にグロースモントへ向けて出港する筈だったのだけれど、延期せざるを得ないかな。……ああ、こっちだよ。船じゃない」
ライヒナー候が船の方では無く市場の方へと足を向けた為、俺たちも慌ててそちらへと方向を変えた。
市場では以前と見違えるような活気が溢れていた。いや、港が復旧してからは活気づいてきたところもあったが、それ以上の賑わいである。
「……あ、ヘイムン草です」
皆へ挨拶をするライヒナー候の後ろをついて行きながら市場の中央通りを歩いていたら、レーネが目敏くそれを発見した。おお、間違い無い。ヘイムン草が茎ごと売られている。しかも結構な量だ。
「おや、エルフのお姉さん。これが必要かい? これは丁度今日ゴルトモントから届いたものだよ。お茶にして飲んだら身体が丈夫になるって評判さ」
「あ、いえ、その、あう」
レーネはこの手の取引に慣れていないのか、しどろもどろになってしまった。仕方無いので彼女の代わりに前へ出る。
商人だろう年配の女性が語ってみせた通り、ヘイムン草は普通お茶にして使うことが多い。その為に大陸の南の方でも流通されているのだが、付与術師がそんな使い方をすることはまず無い。貴重な〈金剛の魔石〉の材料なのだ。
「多めに欲しいんですが、どの位までなら買っても良いですか?」
「お、そんなに買ってくれるのかい? そうだねぇ……この半量までなら良いよ」
「よし買った」
レーネではなく俺が商人の女性とそんなやり取りをして、商談が纏まった。買い占めたら他の人に行き渡らなくなるからな。購入は適度な量で抑えておかなければならない。
「今後もこの商品は必要になるんですが、多めに仕入れて頂くことは可能ですか?」
望み薄ではあるが、俺は商人の女性にそう頼み込んでみた。多めに購入したとは言え、商人でも無い一介の客が頼んでも、まあ無理だろうが。
「うーん……、まあ、一応太客みたいだし、検討はしてみるよ。駄目でも文句は言わないでおくれ」
「はい、出来るようでしたらでお願いします」
俺はデカい位置から頭を下げてそう付け足しておいた。次にゴルトモントから品が届くのが何時になるかは分からないが、市場の情報はきちんとチェックしておこう。
「買えたようだね」
粗方挨拶を終えたらしいライヒナー候が戻ってきた。こういう所が領民に信頼されるのだろうなぁ。
「はい、有難うございます、ライヒナー候。まさかこれ程簡単に手に入るとは思いませんでしたが」
「ははは、海外取引の再開はギリギリまで黙っていて驚かせてあげたかったのだけれど、成功したようだね」
若干困惑している俺たちに対してカラカラ笑うライヒナー候。なんともお茶目な領主様である。
「領主様、お陰様で海外の品も手に入るようになって、以前のように商売が出来るようになりましたよ、ありがとうございます」
商人の女性が丁寧に頭を下げる。彼女等にとって海外の品が手に入ることは、間違い無く商売の可能性を拡げることだろうからな。
「いやいや、実は港の復旧についてはこの二人が立役者なんだ」
と、ライヒナー候が俺とレーネを指して紹介すると、商人の女性はびっくりしたように目を見開いた。あ、隣の店の商人も同じ反応をしている。
ライヒナー候へ「領民には公平じゃなかったんですか?」と視線を送ってみたら、小さく肩を竦めてウィンクしていた。まったく、本当にお茶目な領主様だ。
「そうですかい! なら、さっきお願いされたことは商船が出港する前に伝えておかないとねえ!」
「良いんですか! ありがとうございます!」
「なに、港の復旧の立役者ってことはこの町の英雄だ。雑に扱ったら罰が当たるよ!」
商人の女性は歯を見せて、そう豪快に笑ったのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




