第七九話「スタンピードは起こるのか」
「ぬぉっ!?」
甲高い金属音と共に、俺を真っ二つにしようとした〈鋼鉄公〉の剣が弾かれた。とは言えその衝撃で崩しかけた体勢を、身体を横にスライドすることでいなしているのは見事である。
「……お、成功か」
「成功してなかったら、リュージさん死んでましたからね……」
〈鋼鉄公〉が剣を鞘に収めてから一拍遅れて成功の事実に気が付いた俺に、そうレーネが呆れ混じりに呟いた。
「まさか某の一撃まで弾くとはな。見事な出来の魔石だぞ。ならば〈金剛の魔石〉の代わりとして十分な効果だ。それを納品してくれて良い」
「ありがとうございます」
〈鋼鉄公〉、いや、ホフマン公爵閣下には大満足の表情を浮かべて頂けている。良かった、これで高品質な〈金剛の魔石〉の制作問題は片付いた、という訳か。
「それで、リュージにレーネよ。例の女の件について進展があった。これより時間を貰えるか? ライヒナー侯爵も一緒にな」
「……分かりました」
「畏まりました、閣下」
例の女、というのはアデリナの事だろう。その話についてはきちんと聞いておかねばな。
「例のアデリナと言う邪術師の女だが、北へ戻って行ったようだ。複数人の目撃者が居たらしい」
逗留所の会議室へ場を移し、俺とレーネ、ライヒナー候はアデリナの行方について公爵閣下より話を伺っていた。
「だが、目撃された場に居合わせた他の者には見えなかった、と言う話もある。お主等に聞いていた格好であれば、見まごう筈も無いのだがな……」
確かに、一〇月も半ばに差し掛かった今の時期では寒そうな服装で、非常に目を引く姿だった。他の人に見えて居なかったというと……幻惑の術か?
「閣下、以前アデリナは私にこう言っていました。『心に闇を抱えた者の前に現れる』と。恐らく幻惑か、若しくは何らかの制約の術を施しているのでしょう」
ああ、そうか。レーネが初めてアデリナに逢った時にそう言っていたと聞いたな。
……そう言えば、フェロンも宰相エルマーの側に居たと言うのに、ディートリヒさんには見えていなかった。ということは、邪術の類、なのだろうか。
俺がそう補足してみると、「あれだけ近くに居ったというのに気づけなかったとは」と閣下が悔しそうに歯軋りをされた。
「……話を戻すか。そんな訳で、これから北のシュトラウス侯爵領に偵察隊を送るつもりで居る」
「閣下、ですが、シュトラウス侯爵は……」
閣下の言葉に、何やらライヒナー候が言い掛けたものの口を噤まれてしまった。
まあ、言いたいことは分かる。俺も噂に聞いた事はあるが、シュトラウス侯爵は常日頃から国に対して非協力的な態度を採っているらしい。そんな事をすれば爵位の剥奪だって有り得ると言うのに、一体何故そんな事をしているのだろうか。
「分かって居る。あの侯爵には、そろそろ『適切な処置』をすべきなのかも知れぬな」
一瞬凄味のある笑みを見せる閣下。いや『適切な処置』って。怖い。
「カッテル村の件と言い、もしかすると例の邪術師とシュトラウス侯爵に繋がりがあるのかも知れぬ。そういった事情から自らの立場を危うくしてまで国に楯突いているとすれば、筋は通る。内偵が必要だな。……だが、今は目の前にある危機だ」
「……スタンピードは、起こるのでしょうか?」
「起こる、間違い無い」
一応、というつもりで投げ掛けた俺の質問に即答する閣下。それは多分直感的なものなのだろうが、俺より遙かに長い人生経験を積まれているお方だ。何か俺たちには分からない要素で確信に至っているのだろう。
「そういう訳で、お前たちには新たな依頼だ。来るスタンピードに向けて、一部の部隊に回す分の回復薬二〇個と〈金剛の魔石〉六個を創って貰いたい。こちらは〈大金剛の魔石〉ではなく通常の〈金剛の魔石〉で良い」
おっと、早速次の依頼か。〈大金剛の魔石〉でない理由は、あの力が強すぎる故に一般の兵士へ渡すには危険すぎるからだろう。
しかし、〈金剛の魔石〉か……。その数であれば無茶ではないが――
「閣下、ご依頼頂けるのは嬉しいのですが、〈金剛の魔石〉の材料がそろそろ切れそうです。もし創るとなると、王都ラウディンガーへ向かう必要があるかと」
「……そうか」
申し訳ない気分で材料切れを告げると、閣下は渋い表情を隠そうともせず、溜息まで吐いておられた。いや、材料が無いのは仕方無いじゃないですか。
ちなみに〈大金剛の魔石〉を創るにも同じ材料が必要だ。その材料を元に合成した素材で創る魔石だから、である。
「ふむ、材料か……。リュージ君、その材料は何処で採れる物なんだい?」
「ええと……そうですね、ゴルトモント王国北部以北で採れますね」
何やら考えがあるといった様子のライヒナー候へ答える。〈金剛の魔石〉の材料となる〈ヘイムン草〉の葉だが、その地方であれば普通に採れるものの、この辺りでは貴重となるのだ。
「成程成程。だったら、力になれるかも知れないよ」
「……どう言う事ですか?」
まさか伝手があるのだろうか? 自信満々に答えるライヒナー候に、訳も分からぬ俺は首を傾げるしか無かったのである。
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