第七八話「被験者は誰か? 俺だ」
レーネの案による「錬金術で創り出した素材」で強化された〈金剛の魔石〉の改良版である〈大金剛の魔石〉は、彼女の理論の正しさを示すが如くすんなり完成した。
そうして早速俺とレーネはホフマン公爵閣下に納品すべくライヒナー候の館まで出向いたのだが、閣下は丁度館に併設された軍の施設で訓練を行っていらっしゃるところで、ライヒナー候の案内の下、俺たちもそちらへ向かうことにした。
「わ、凄い人数の兵士さんたちが……」
施設を見たレーネが口に手を当てて驚きの声を上げた。軍の施設、と言うだけあってかなり広い土地に逗留所、訓練所などがきちんと整備されているのだが、思っていた以上に兵士の数が多い。満員状態の訓練所に一〇〇人は居るだろうか?
「ここだけでなく、別の訓練所もあるんだよ。だから集まっている兵士はもっと多いだろうね」
「はああ……、道理で最近、町でも兵士の皆さんを見掛けると思いました」
ライヒナー候の解説に溜息を吐くレーネ。成程、それも合わせるとザルツシュタットに逗留中の兵士は相当な数なのだろうな。何時の間にやって来たのだろうか。
「そらっ! 脇が甘い!」
「ぐはぁっ!?」
と、ホフマン公爵閣下の声がしたかと思い三人でそちらの方を向いたら、閣下の振るった木剣を脇腹に食らって頽れる一兵卒の姿があった。どうやら閣下が御自ら指導をされているようなのだが……大丈夫かあれ。骨折れてそう。
「む、ライヒナー侯爵に……リュージたちではないか」
「こんにちは、精が出ますね、閣下」
倒れている兵士を他所に、呑気に挨拶を交わすホフマン公爵閣下とライヒナー候。見慣れた光景なんだろうな、怖い。兵士になりたくないと思ってしまった。
「ご指導お疲れ様です、閣下。ご依頼の品をお持ちしました」
「ほう、もう持ってきたのか、早いな」
手にした麻袋を掲げた俺を感心したように見つめる閣下。それにしても汗一つ掻いていないどころか息も切らせていない。〈鋼鉄公〉の名が伊達では無いと分かるタフさだな。
「はい。ただし、先に申し上げておきますと〈金剛の魔石〉ではなく全く新しい魔石となります為、ご依頼の品とは少し異なりますが」
「む、どういう事だ? 全く新しい魔石とは? 〈金剛の魔石〉を頼んだ筈だが」
レーネの説明に閣下が眉根を寄せる。まあ、そういう反応になるよな。
「今回創り出した、この〈大金剛の魔石〉は、〈金剛の魔石〉の強化版とお考え頂いて結構です。異なる点と致しましては持続型ではなく発動型の魔石となりますので、使用前に魔力を籠める必要が御座います」
「ふむ…………」
俺の補足に、閣下は顎を擦って熟考されている。微妙に異なる納品物に、どうしたものかと思っておられるのかも知れない。
持続型の魔石はそれを所持しているだけで永続的に効果を発揮するが、発動型は文字通り発動させなければ効果が現れない。
ただし、発動型の魔石は強力だ。強力故に内部のエネルギーを余計に使ってしまう為、持続型にしておくとエネルギー切れを招いてしまうのだ。だから今回は発動型にしたという経緯がある。
「まあ、国軍の兵士たる者、魔力を扱うことには慣れておるが……発動型ということは、使用後に充填が必要になると思うが、合っているか?」
「はい、その通りです。ですが、この魔石の持続時間はかなり長いです。予測ではありますが、一三時間は耐えうるのではないかと」
「……それだけあれば十分だな。であらば、後は効果の程か」
取り敢えず、納品物が異なる点についてはご納得を頂けたようだ。閣下が仰る通り、残りは効果について、だな。
「では閣下、これから俺が魔石を発動させますので、真剣にて閣下の本気の斬撃をお願いいたします」
「えぇっ!?」
俺の提案に、泣きそうな声で悲鳴を上げたのはレーネである。あ、ライヒナー候も目を丸くしているな。そりゃそうか、真剣での〈鋼鉄公〉の斬撃とか、マトモに食らったら死ぬ。間違い無く。
「ほう……? それ程までに自信があるのか、リュージよ」
「ええ、効果は折り紙付きですよ」
面白そうに目を細めた閣下の圧が凄いが、俺は顔色を変えずに頷いた。いやはや、〈鋼鉄公〉の殺気は凄いな。
「リュ、リュージさん! 無茶ですよ!」
「大丈夫だ、俺たちの成果の正しさを示そう」
涙を滲ませているレーネへ呑気にそう返しながら、俺は麻袋から取り出した〈大金剛の魔石〉に魔力を籠めた。魔石から淡い光が漏れる。発動した証だ。
「ならば遠慮無く。リュージよ、冥府に行っても後悔するでないぞ」
「何時でもどうぞ」
殺気は限界まで膨れ上がっている。俺は抵抗の意思を見せない為に、〈大金剛の魔石〉を持ったままその場で諸手を挙げた。兵士でない無防備な男に向けて真剣を抜いた〈鋼鉄公〉の様子に、なんだなんだと見守っていた周りの兵士たちに緊張が走る。
「ぬぅん!」
盾を捨て、両手で振りかぶった片手剣を〈鋼鉄公〉が真っ直ぐに振り下ろした。
マトモに食らえば、俺の身体は右側と左側がお別れする――
次回は明日の21:37に投稿いたします!