第七七話「やはり天才は違った」
翌日、領主の館まで赴いた俺とレーネは、ライヒナー候とホフマン公爵閣下に五年前の出来事について話をした。
閣下は、「事情は分かったが、某は異端審問官ではないので判断は出来かねる」との答え。代わりに王都ラウディンガーから異端審問官の派遣を要請すると言って頂けた。
こちらから王都まで出向くつもりだったのだが、スタンピードの件もありレーネの力は必要とのことで、異端審問官からの聴取は受けることになれど、現時点では罰則の適用を待って貰うつもりらしい。
と言う訳で、俺たちはまた日々の依頼を片付ける業務に戻ることにはなったのだが、閣下から改めてスタンピード対策の依頼が来た。
「質の高い〈金剛の魔石〉か……」
俺はお題を前に唸っていた。いや、質の高い〈金剛の魔石〉は持っているのだが、それ以上のものとなると中々にテクニックが要る。今の俺のカッティング技術でそれが出来るだろうか。
「師匠、こんな感じでどうッスか?」
と、悩んでいた俺の前に、スッと魔石が差し出された。これはベルに出したお題の〈発光の魔石〉である。初歩の初歩な技術でも失敗しない魔石で、多少粗いカッティングでも使い物になるので練習として創らせている。
「ああ……って、だいぶ上達したな、おい」
「ホントッスか!? ありがとうございますッス! 師匠の教えの賜物ッス!」
全身を使って喜びを表すベル。猫人の特徴である耳と尻尾もピンと立っている。
いや、お世辞抜きにかなり良く出来ている。流石に師匠である俺には遠く及ばないにしても、光を受けた魔石が輝いているのがその証拠だ。やはりベルは不器用などではなかったという事である。
「いやいや、マジで上手く出来てるぞ。たかが一〇日やそこらでここまでとは、俺が始めたばかりの頃なんてこうはいかなかったと言うのに。コツを掴んだか?」
「はいッス! 光の屈折とか意識したら、上手く出来るようになったッスよ! ただ面の数を増やせば良いってもんじゃ無いッスね!」
「ほう、もうそこまで行き着いたか」
余りの上達の早さに感心してしまった。俺がそこに行き着くまで宝石職人の師匠に怒鳴られまくったと言うのに。なんと出来る弟子だろう。拾って良かった。
魔石や宝石などの半透明な鉱石は、斜めに光が入るとその向きを若干変える特徴がある。光の屈折という奴だ。
その逆に、当然ながら光を反射するという特徴もある。光の進入角が小さいと反射し易くなり、鉱石内部に入った光を反対側の面で反射させて元の入射面へ戻すと、所謂「輝いている」という状態になる。鉱石毎に光の屈折率は異なるため、ミリ単位、いや、それ以上の研磨を如何に上手く、美しく出来るかが宝石職人の腕の見せ所な訳である。
そして魔石も輝きを増すほど力も増す。だからカッティング技術が重要になってくるのだ。
「ただいまです、スズちゃんに結界を張って貰いました」
「おっ、三人ともご苦労さん、ありがとう」
対邪術師用の結界を張りに行ったレーネ、ミノリ、スズの三人が戻ってきた。周辺の木に印を付け、魔力を注いで邪神の力を持つ者を退ける結界を張ったのだとか。
ちなみにこの結界を邪術師が無理矢理剥がそうとすると呪詛返し的なものが発動し、最悪命の危険まであるらしい。流石はスズ、抜かりが無い。
「だいぶ広いトコまで張ってきた。これで家の周りでは安心して過ごせるよ」
「偉いぞ、兄は嬉しいぞ」
二本指を立てて無表情ながらも満足そうなスズの頭をわしゃわしゃと撫でまくっていたら、「あたしもあたしも!」とミノリまで加わってきた。ミノリも護衛任務に就いていた訳なので、容赦なく撫でまくってやった。気持ちよさそうにきゃあきゃあ叫ぶ妹たち。
「そう言えば、師匠。さっき何か悩んでたッスよね。何かあったんスか?」
「ん? あー…………、ホフマン公爵閣下から依頼された品についてちょっとな」
妹たちを撫で繰り回し終わった俺に、自分で創った魔石と睨めっこしていたベルに尋ねられ、俺はガシガシと頭を掻きながら、質の高い〈金剛の魔石〉を創る方法について悩んでいることを答えた。
「師匠ならパッと創れちゃうんじゃないんスか?」
「いやいや、俺だってまだまだ未熟だよ。最高級品を創るとなるとどれだけ高い計算で設計して、どれだけ精度の高いカッティングを行わにゃならんのか……」
呑気な弟子へ呆れ混じりに回答する俺。恐ろしく緻密な計算と技術が必要になる筈だ。流石にそこまで求められるとなると、俺には荷が重い。
「普通の品質じゃ駄目な理由は? ……って、そうか、アレか」
何かに気付いたミノリは、ちらりとベルを一瞥して自己解決していた。まだ彼女にはスタンピードの件を話していないからな。
と、レーネが何やら天井を見ながらぶつぶつ独り言を言っているのに気が付いた。大丈夫か。
「レーネ、どうした?」
「……ええと、〈金剛の魔石〉じゃないと駄目ですか?」
「……そりゃ駄目だろ」
思わず肩を落として脱力してしまった。何を言い出したのかこのエルフは。依頼の品は〈金剛の魔石〉だぞ。幾ら質が高くても別の魔石を納品しては駄目だろう。
「ああ、そうではなくて……要は、〈金剛の魔石〉と同等の効果を持っていて、それ以上の力がある魔石だったら大丈夫なのでは、と思ったんです」
「……いや、そんな魔石があるんなら俺も知りたいんだが」
レーネの話は空想の産物でしか無い。そんな魔石があれば、俺は既に創っている筈だ。
混乱している俺に、何故か彼女はクスクスと笑いながら「忘れたんですか?」と尋ねる。忘れた……って、何をだ。そんな魔石の記憶は無い。
「私たち、〈軽重の魔石〉を創る時に、魔石の素材を錬金術で創ったじゃないですか」
「…………まさか!」
意味の分かった俺は、衝撃のあまりに叫んでいた。そういうことか!
「あの技術を応用すれば、〈金剛の魔石〉以上の魔石を創る素材も出来るのではないかと。既に、私の中では素材のイメージが出来ていますよ?」
目の前の天才錬金術師は、自信満々に胸を反らせてそう宣言したのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!