第七四話「幕間:レーネの見た地獄(前編)」
※レーネの語りです。
それは、私が錬金術を始める切っ掛けとなった出来事にも関わること。
私が一四歳まで生まれ育った村はゴルトモント王国の更に北、緯度で言えば結構高い場所に位置しており、涼しい気候の森でした。
村は先程お話しした通りに閉鎖的で、来訪者を受け入れない姿勢を貫いていた為に文化的には遅れていたと思います。それでも、エルフの秘術などを駆使してそれなりには豊かに暮らしていました。
エルフはお肉を食べない、なんてお話がありますが、普通に狩りをして過ごしたりします。他の人たちは狩りが得意だったのですが、私は弓を含めて運動音痴だったので、普段は草や花を摘んで過ごしていました。
「なんだ、レーネはまた草弄り? たまには狩りでもやったら?」
同胞たちは私が苦手なのを知っていながら、そんなことを言ってきたりもしました。今思えば、軽く虐められていたのだと思います。
「……私は弓とか苦手だから。でも草とかお花とか、この辺りのものは全部覚えているからそっちで役に立てればと思ってる」
「ふぅん……、レーネって頭は良いんだけどさ、ちょっと気持ち悪いよね」
真正面からそんなことを言われたこともあります。実際、私は物覚えが非常に良い方だと思っておりましたが、どうもその差が周りの人たちと会話のズレを生み出したりもしていて、私は友人だけでなく、家族からも孤立していました。唯一私の味方だった姉も、だいぶ前に村を出ていましたから。
そんな中、私は少し遠出をした時に、運命の出会いを果たすこととなります。
「そうか、君はこの近くにあるエルフの村の住人なのか」
「はい、……ああ、余り動かないでください。少しじっとしていれば出血は止まりますからね」
村からほど遠くで倒れていたその男性は、右足に怪我を負っていました。マジックバッグも持っていましたが、それでは収まらない大荷物を抱えており、出会った当時は何をしに来たのかと訝しんだものです。
「いやいや、ありがとう。自分でも薬は創るけれど、ここまで効き目が良い植物は素材として使ってみたいね」
「薬師さんなんですか?」
当時その職業を知らなかった私は当然の質問をしました。今なら彼が持つ器材の数々を見て想像は出来たのでしょうが。
「いやいや、薬師とはちょっと違うね。錬金術師さ」
「れんきんじゅつし……?」
「そう、錬金術。薬などを創る時に少し魔力を加えて、素材の力を最大限に引き出す技術さ」
私はその錬金術師に肩を貸して近くにある使われていない小屋へ案内しながら、錬金術について色々と質問をしました。
彼は私の知識に興味を持ったようで、「暫くこの小屋に滞在するので、色々と近くの植物について教えて欲しい」と言われました。
私としても彼がここで野垂れ死んでしまっても困るので、頻繁にそこを訪れることになったのです。それが、私と錬金術との出会いでした。
「ああ、そうそう。手際が良いし、魔力の通し方も上手いね。君は僕なんかよりも遙かに錬金術が上手だよ」
「ありがとうございます」
私はそこを訪れる度に錬金術師へ周辺の動植物について特徴を教えていましたが、代わりに錬金術を学ばせて貰いました。
実際、彼の言う通りに私は筋が良かったんだと思います。その証拠に、教えて頂いた技術は通っているうちに全て身に着けてしまいました。
「君は、何と言うか……頻繁に僕の所へ来ているけれど、村の仲間とは一緒に居たりしないのかい? エルフの村というのは大抵閉鎖的だと聞くけれども」
ある日、錬金術師からそんなことを言われました。少し言い淀んでいた節があったのは、たぶん私がはみ出し者なのだと薄々勘付いていたからだと思います。
「……村の人たちも、家族も、嫌いです。私は狩りが苦手なのを知っていながらわざと誘おうとするし、会話の内容が理解出来ないからって溜息を吐かれたりする。みんな、意地悪するんです」
「…………うーん」
私と会っているうちに錬金術師も似たような経験が少なからずあったのでしょう。彼は苦笑していました。
「でもね、そう自覚しているのならば自分から歩み寄らなければ駄目だよ。狩りは……苦手かも知れないけど、例えば解体だけは手伝ってあげるとか、会話も自分でズレがあると分かっているのならば気を付けて喋るとか」
「……なんで、私が歩み寄らないといけないんですか?」
「集団で生きるって言うのはそういうことさ。君は不和の原因が自分にあると知っていながら何もしていないんだから、譲歩するのは当たり前なんだよ」
「………………」
その時私は言い返すことが出来ませんでした。錬金術師の言う通り、何の努力もしてこなかったのですから。
でも、幼稚だった私にはすぐに受け入れることが出来ませんでした。不服であることを顕わにして、帰り支度を始めました。
「…………えっ?」
「ん? どうしたんだい?」
帰ろうとしていた私を「仕方ないなぁ」と苦笑しながら見ていた錬金術師でしたが、私の血の気が引いた顔を見て訝しんだのを覚えています。
「……森の精霊が、ざわついてる。これは――村に、何か……!?」
支度もそこそこに、私は呼び掛ける錬金術師の声も無視して小屋を飛び出していました。
そしてその後、私は地獄を見ることになります。
次回は明日の21:37に投稿いたします!