第七三話「どっと疲れた」
俺たちは自宅に戻った後、すぐにもう一つのオーブを持ち出して破壊した。これで再び誰かが操られるような事は無い……筈だ。
後は、警戒用の結界を展開しておく必要があるな。その辺はスズに相談するか。
「ただいまー、今回も無事に帰りました!」
「ただいま、スズたち帰ったよ」
と思っていたら、程なくして妹たちの声が玄関から響いた。そう言えば早ければ今日戻ってくるって言ってたか。
「お帰りなさいッス、お二人とも! 丁度晩ご飯を作り始めるタイミングだったので良かったッスよ!」
「おー? 今日のご飯は何かなー?」
「お肉を所望。スズ、今日はがっつり食べたい系」
ベルが仕込みを始めようとしていた厨房を覗いていた妹たちの首根っこを、俺は容赦なく摘まんだ。まったく、冒険から戻ったばかりだというのに元気なものだ。
「ほらほら、ミノリもスズも。先ずは荷物とか置いて身体を拭いてこい。清潔にしない奴等には食わせねえぞ」
「うわ、家主が怒った! 逃げろー!」
「にげろー」
俺の手を振り解いて妹たちは自分たちの部屋へと駆けて行った。血は繋がっていないというのにそっくりだよなぁ、二人とも。
「ふふ、元気ですね」
工房からひょこっと顔を出したレーネが、ミノリたちの後ろ姿を見てクスクスと笑っている。
「まあな。『常に前を向いて生きろ。下を向いていたら大事な物も見落としてしまう』ってな。『先生』の言葉だ」
「色々格言を残してくれた先生なんですね。高名な学者さんだったのでしょうか? でも、お名前は教えてくれなかったんですよね?」
「そうなんだよなぁ」
そう、何故か『先生』は名前を教えてくれなかった。どうも色々な人と伝手があった所を見ると、レーネの予想通り有名な人だったようではあるのだが。
「あ、そうです、リュージさん。アデリナとか、港でのことですが……きちんと皆に話しておきましょう」
「……そうだな」
そうなると、レーネが何故に操られていたかという話にもなるのだが……そこは避けて通れないか。気が重い。
「あら、リュージさん。下を向いて生きちゃ駄目ですよ」
俯き肩を落とした俺を、すっかり元気になったレーネがそうからかったのだった。
「なるほどねぇ、カッテル村であたしたちに邪樹をけしかけた邪術師がねぇ」
肉野菜炒めを摘まみながら、ミノリは眉根を寄せている。ミノリはあの邪樹に手こずっていたので、余り良い思い出ではないのかもな。
「それでな、スズ。後で警戒用の結界を張りたい。手伝ってくれるか?」
「ん。スズならお手の物」
ぐっと親指を立てる末妹。なんとも頼りになる第二等冒険者の魔術師である。
「って、どうしたベル。そんなにしょげやがって」
「だ、だって……」
ベルは力無く猫耳をへんにょりと垂れ、俯きながらもちらちらとレーネの顔色を窺っている。
……ああ、そうか。嫉妬したことも話したもんな。自分が邪魔者扱いだと分かったのだからこの態度は致し方ないかも知れない。
「ベル、ごめんね、もう大丈夫だから。私、ちゃんとリュージさんに想いを伝えたもの」
「んぐっ!」
俺は思わず口の中のものを噴き出しそうになった。食卓では「おおー」と妹たちとベルの声が重なった。それ、今言う必要あったか!?
「やるじゃんレーネ! いやー、やっとリュージ兄にも春が来たかー!」
「式は? お子さんは何人の予定?」
「おいこら愚妹共」
悪乗りし始めたミノリとスズを止めようとしたが、二人とも熱くなっており止められない。ベルはと言うと顔を真っ赤にして何やら天を仰いでいる。おい、何を妄想してんだ。
……これで、答えを返していないなんて言えないんだが。いや、まさかそのつもりでレーネは公言したのか?
そっと渦中のエルフの顔を窺うと、こちらを見返し微笑んできた。
……エルフならぬ、小悪魔だったか。
どっと疲れた賑やかな夕食も終わり、工房でレーネと二人の時間が訪れた。まったく、色々と誤魔化すのが大変だった。
器材のメンテナンスをしていると、何時の間にかレーネが隣に近寄っていた。その顔は何処か満足そうに見える。
「リュージさん、ちょっと良いですか?」
「なんだ小悪魔」
少しいじけ気味だった俺は、デカい図体を丸めて小さな嫌味を言ってみたが、レーネは面白そうに笑うだけだった。畜生、俺の攻撃力よりレーネの防御力の方が遙かに高い。
「まあ、エルフでも小悪魔でもどちらでも良いのですけれども……少し、お話を聞いて頂きたくて」
「話……?」
「姉の話です」
打って変わって真剣な表情でそう告げたレーネに、俺は思わず息を飲んだ。そう言えば、アデリナの上司がレーネの姉である疑惑があるのだったか。忘れていた。
「これからお話しすることは、五年前、とあるエルフの村で起きたことです。……それは未だ、異端審問局に報告されていない事柄です」
「……何故、報告されていない?」
俺は当然の疑問を呈した。邪教と関わりがあった場合、速やかに異端審問局へ届けなければ罰則が適用されることもあるのだ。
「そのエルフの村が閉鎖的だったからということと、当時、唯一の生き残りだった私が物知らずだったから、でしょうか。事が事だけに、今は報告に行くつもりもありますが。罰を受ける覚悟もあります」
「…………そうか」
そこまでしてレーネが話さねばならない内容。
それは恐らく、今回のことと密接に関わりがあるからなのだろう。
次回は明日の21:37に投稿いたします!