第七一話「そして俺は魔人化する」
「うぐっ、ぐぁぁぁぁぁぁ!」
背中に突き刺さった『何か』から脳に向かって強烈な衝撃が荒波のように襲い掛かり、俺は膝をつき悲鳴を上げていた。急いで背中に手を回しその『何か』を引き抜くと、やはりそれはあの魔晶を含む金色の針だった。
針を抜いたにも関わらず、衝撃は衰えない。既に魔晶は俺の身体を蝕んでいるようだ。くそ、油断していた!
「あらあら、前ばかり気にしているからそうなるのですわ。後ろに居たこの子に全く気付かないのですもの。笑いを堪えるのが大変でしたわ」
「レ……レーネ……?」
顔を上げて振り返ると、アデリナが何時の間にか現れたレーネを背後から抱き、その頬に手を回している。レーネはと言うと全くの無反応だが。
そうか、レーネは居なかったんじゃない。初めからここに居たのだ。アデリナの命令により、姿隠しの精霊魔術で潜んでいたと言う訳か。それに気付かなかった無防備な俺の腰から〈金剛の魔石〉を奪い、背中を針で突き刺したのは彼女だったのか。
それにしても、この衝撃は一体何なんだ。油断すると意識を持って行かれそうになる。いや、持って行かれたが最後、俺はあの魔人へと変貌してしまうのだろう。絶対に意識を手放す訳には行かない。
「あら、意外と粘りますわね。大抵はそろそろ身体が金色に変わり始めるのですけれども。まあそれも時間の問題ですわね」
「じょう……だんじゃ……ねぇっ……!」
俺は意識を繋ぎ止めながらこの場を切り抜けられる策を考えていたが、絶望的に手は無かった。如何に俺の身体が頑丈と言っても、猛毒に耐えられる訳ではない。
手持ちの回復系魔石を片っ端から発動してみるが、全く効果が無い。俺の魔石はレーネの薬に比べれば弱いというのもあるが、魔晶に対抗する効果を有する物が無いのだろう。
だが諦めたが最後、俺の身体は化け物へと変わり果てる。何か、何かこの窮地を脱する手は無いのか!
「それにしても……ふふ、流石はあのお方の妹君。良い仕事を為さって頂きましたわ」
先程までとは打って変わって、頬を上気させたアデリナがレーネの頬に唇を寄せて囁いている。
……あのお方? 妹君?
と言うことは、此奴の上司である誰かが居て、其奴はレーネの兄か姉だということか?
「ご安心くださいな、レーネ様。貴女はあのお方が愛する妹君なのですもの、化け物になどいたしませんわ。ええ、ええ、化け物になるのはこの付与術師リュージだけですわ」
何やらアデリナは興奮している。その様子からして、『あのお方』とやらに心酔していることが分かるが、どうせならオマケで俺を付け狙うのも止めて欲しかった所だ。
「付与術師、リュージ……」
その時、レーネの口から譫言のように俺の名前が飛び出した。何やら喋り続けているアデリナが気付いた様子は無い。
直後、背後の地面でゴトリという音が鳴った。振り返って見てみれば……これは、あのカッテル村で見たオーブか……? 何故、ここに在る?
まさかとは思うが、このオーブがレーネに影響を及ぼしているのか?
四の五の考えていても仕方が無い。俺にはもう、他に出来ることは無い!
「うぉぉぉーーーー!」
雄叫びを上げた俺はオーブをつかみ取り、そのまま遠くの壁へ思いきり投げ放った。〈豪腕の魔石〉により強化された腕力で加速したオーブは壁に接触し、砕け散る。
「なにっ!?」
足元のオーブに気付いていなかったアデリナは、砕け散った残骸を見て驚愕の声を上げた。この反応からするに、やはり何かの仕掛けがされていたのだろう。
「う……ぐっ!」
力を振り絞った所為で、魔晶の衝撃への抵抗が疎かになる。これ幸いと衝撃の荒波は俺の意識を飲み込み、金色の魔物へと染めようと襲い掛かる。最早、ここまでだろうか。
魔人化してしまった兄を見て、妹たちは泣くだろうか。
そしてレーネは元に戻り、目の前のアデリナから逃げおおせるだろうか。
薄れ往く意識の中でそんな事を思いながら、俺は目を閉じ、ゆっくりと衝撃に身を任せ――
「んむっ!?」
そんな時、俺の唇が塞がれ――
そして、何かが流し込まれた。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




