第七〇話「邪教徒の考えは常識で推し量れない」
レーネを追って辿り着いた袋小路。そこには何故か彼女の姿は無かった。
代わりにそこで待っていたのは、朱色の髪を持ち露出の多い薄手の服を纏った、知らない女だった。女は満足そうな表情でこちらを睥睨している。
「いらっしゃい、付与術師リュージ。誘いに乗ってくれて嬉しいわぁ」
「レーネに化けていた……って訳じゃないよな。レーネは何処に行った?」
明らかにさっきのレーネと魔力の質が違う。此奴は別人だ。
「そうね、でも、あの子はここには居ないわよ」
「ここに入るのは見た。と言うことは、お前が隠しているんじゃないのか?」
「酷いわねぇ、言い掛かりも甚だしいわ」
ククク、と含み笑いをする女。まあ、十中八九レーネの様子がおかしいのは此奴の所為なのだろう。マトモに話へ乗るのは止めておいた方が良さそうだ。
「まずは自己紹介をしておきましょうか。私はアデリナ。フェロンと双璧を為す邪術師よ」
大仰に挙げた手を下ろしながら、優雅に一礼するアデリナ。アレだな。フェロンと違い陽気な面が見られるが、根本としては「嫌らしい」という言葉が似合いそうな奴だ。
「……やはり邪術師か。あの触手もお前の仕業だな? 折角造った船を滅茶苦茶にしてくれやがって」
「あら、証拠も無いのにまた言い掛かり。魔術でありながら自然科学でもある付与術を行使する者とは思えない発言ですわね」
毒づいた俺とは対照的に、アデリナは口端を上げて挑発してくる。いかん、話に乗らないと思っていたというのに。
「……とっととレーネを返して貰うぞ」
「嫌ですわ。と言いますか、そもそも私が隠した訳では御座いませんもの……ねッ!」
「おっと」
アデリナが魔力を乗せ顔に向けて放ってきた金色の針を、俺は難なく杖で弾き返した。普通に針を投げつけただけでは刺さらないだろうが、魔力により勢いを増した針は容易に肌を突き破る可能性があるだろう。危ないな。地味に〈金剛〉を抜ける威力じゃねえか。
「魔晶を含む針か。俺を魔人に変えるつもりか?」
「そのつもりでしたが、上手くはいかないようですわね」
思惑が外れたと言うのに、アデリナはこちらを小馬鹿にするように肩を竦めている。この様子だとまだ何か隠し持っているのだろう。油断は出来ない。
しかし、フェロンと言い此奴と言い、何故俺を狙うのか。フェロンは俺の創る『ギフト』の魔石が危険だと言ってはいたが、アデリナも同じ理由なのだろうか。
「お前は、何故俺を狙う?」
「随分シンプルに聞いてきましたわね。フェロンから聞いていないのかしら?」
「奴とは思惑が違う可能性もあるからな」
慎重に言葉を引き出す俺を、ふぅん、と感心したようにアデリナは眺める。何処か、値踏みされているような印象を受けるな。
「意外と考えていらっしゃるのね。まぁ良いですわ、お答えしますと……貴方を狙う理由はフェロンと同じく、貴方の創る魔石が危険だから、です」
成程。と言うことは、やはり〈神殺し〉の力を持つ邪術師でありながら、神の力を持つ『ギフト』の魔石を恐れているのか。一体何故なのか気になるが、フェロンは教えてくれなかった。目の前の女は素直に教えてくれるだろうか。
「……ですが、今の問答で私は少しだけ貴方に興味を持ちました」
「…………なに?」
邪術師に興味を持たれるなど別に嬉しいことではないのだが。とは言え、問答を続ければ此奴等が俺の力の何を恐れているのかは分かるかも知れない。
「付与術師リュージ、貴方も邪神の僕となりなさい」
……と思っていたが、とんでもないことを言い出しやがった、この女。
「……俺に世界の敵となれって言うのか?」
「あら、大袈裟ですわ。世界の敵だなんて」
呆れている俺に対して、先程までののらりくらりとした印象とは変わり、アデリナは真剣な様子で語り始めた。
「それに、世界の敵というのはアブネラ様の事ではありませんわ。アブネラ様以外の神々こそが、世界の敵なのです」
「………………」
流石は〈神殺し〉の力を持つ邪神とその僕だ、恐ろしく排他的でぶっ飛んでいる。思わずドン引きしてしまった。これを素で言っているのだからタチが悪い。
やはり邪教徒の考えは普通の感覚で推し量れるものではないのだろう。一瞬でも情報を引き出すために何か譲歩しかけた俺が馬鹿だった。
「悪いが、俺にはその価値観を理解することは出来ない。邪神の僕になれというのは諦めろ」
俺はそう言い捨ててから、懐より短剣を取り出し構えた。近接戦であれば〈フューレルの魔石〉を使った肉弾戦といきたい所だが、生憎あちらは邪術師で〈神殺し〉の力を持っている。『ギフト』の魔石は使えない。
アデリナは「残念ですわ」と溜息を吐いて、再び針を投げつけてきた。雑に見えて正確な投擲で、だからこそ弾き返し易い。
「幾らやっても無駄な――」
俺がそう言い掛けた瞬間。
腰に提げていた魔石が奪われ、背中に何かが突き刺さる感触がした。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




