第七話「要衝ザルツシュタット……の、筈だった」
東の街道がデーア王国、北の街道がゴルトモント王国へと延びている、大陸のもっとも南西に位置するザルツシュタットは、港町を有するバイシュタイン王国の要衝である。
要衝……である、筈なのだが……。
「……思っていた程には、活気が無い」
「そうですね……」
ザルツシュタットに到着して早々、俺たちの抱いた感想はそんなものであった。
おかしい。港町でもあれば魔石鉱山の存在するベルン村も近くにあるので、流通も激しいかと思えば全くそんな事が無く、商人の姿も少ない。どういうことだ?
「と、取り敢えず、冒険者ギルドで手続きをしましょうか」
「そ、そうしよう」
この街を提案したのは俺なだけに、何処かレーネに気を遣わせてしまっているような気がする。胃が痛い。
俺たちは少ない人通りで冒険者ギルドと商工ギルドの場所を確認し、向かうことにしたのだった。
少しだけ期待しては居たのだが、残念ながら冒険者ギルドも外と同じく閑散としたものだった。
もやっとした気分ではあるものの、取り急ぎ受付の時間も限られるので、二人揃って異動手続きをすることにした。
「はい、転入ですね。……えっ、お二人とも第三等ですか!? 転入して頂けるのであれば助かります!」
冒険者ギルド総合受付のアンネさんという二〇代前半位の女性は心底嬉しそうな反応をしている。第三等が二人揃って転入、というのは確かに珍しいことだが、ザルツシュタットが噂通りの大きな街であれば第三等くらい他にも居るんじゃないのか?
「あの、すみません。この街って本当に、活気があるという噂のザルツシュタットなんですか?」
俺と同じく困惑しているレーネが恐る恐るといった様子でアンネさんにそう尋ねていた。いやいや。流石にこの紙にしっかりと「ザルツシュタットへの転入届」と書かれているのだから、街の名前に間違いは無いだろうよ。
しかしレーネの言葉に思う所があったのか、アンネさんは複雑な表情を浮かべて溜息を吐いた。
「ええ、あの要衝ザルツシュタットで間違い無いですよ。ですが……最近事情が変わってしまったのですよね……」
「事情、ですか……?」
何やら俺たちの知らない街の事情があるらしい。俺は黙って二人の話に耳を傾けることにした。
「はい。辺境とは言え確かに北と東の街道が繋がり、近くには鉱山、海にも面した交通の重要拠点、でした。一年ほど前までは」
アンネさん曰く、一年前までは商人が中継する拠点であり、流通も多く栄えていたらしい。
しかし、鉱山は魔石の産出量が少なくなり廃坑となってしまう。しかもその後大陸南西部を襲った大地震に見舞われ、海外との交易の玄関であった立派な港は壊れてしまい、未だに復旧の目途が立っていないらしい。
「オマケに、北の街道のゴルトモント王国との国境近くにあるフルスブルクの街と、東の街道のデーア王国との国境近くにあるラートの街の間を結ぶ街道が出来てしまったんです」
「……確か、この国の北東部って、山地じゃありませんでした?」
そうだ。レーネの言う通りでバイシュタイン王国の北東部には山地が集中している。そこを結ぶ街道など、山があって移動にコストが掛かってしまうと思うのだが……
「山間を縫うようにした、起伏の少ないルートが見つかったんです。国王陛下主導の事業で、途中の川に大きな橋も架かったんですって」
「な、なるほど……」
目玉の鉱山と港は無くなり、代替ルートも出来上がってしまった。これでは確かに人が少なくなるのも自明の理ではある。
「……って、鉱山が廃坑? それは不味い」
俺は一つスルーしていた要素を無理矢理に引き戻し、その事実に頭を抱えた。魔石が採れないとなると、俺がここで活動するメリットが大きく損なわれてしまう。
「え? ……ああ、リュージさんは付与術師ですか。それは……魔石の採れる鉱山を目当てとしていらしたのだとしたら、ショックですよね……」
アンネさんの哀れみの視線が痛い。付与術師が効果を付与出来る魔石、所謂〈無の魔石〉は魔石鉱山で採掘出来るのだ。それが採れないとあれば俺の生命線が絶たれたも同然……とまでは言わないのだが、他の地域から輸送されてきたものを高値で購入しなければならなくなる。
「それに……海の材料が採れないと、レーネも困るよなぁ」
「そ、そこまでは困りませんけど。それに海の材料は浅瀬であれば自分で採りに行けますし、海と繋がる塩水湖が近くにあるとも聞いていますので、そちらでもある程度代替は可能かと思います」
「そ、そうか……」
困ったものだ、予定外のことばかりが襲ってきてしまった。いや、元はと言えば自分の下調べが甘かった、これに尽きるんだろう。猛省せねばなるまい。
「……どうします? 転入届、受理しても宜しいですか?」
「あー…………」
アンネさんが申し訳なさそうに紙を差し戻してきたため、俺とレーネは思わず顔を見合わせてしまった。この人にとっては二人もの第三等の冒険者というのは歓迎すべきなのだろうが、流石に事情が事情なので受理もしづらいのだろう。いい人だ。
「リュージさんが良ければ、私は良いです」
レーネは高い位置にある俺の顔を見上げたまま、苦笑を浮かべてそう答えた。旅をしていた半月の間でよく理解したが、相変わらず損な性格をしているな、このエルフは。
俺は気まずさにポリポリと頬を掻き、小さく溜息を吐いた。
「……実を言うと、ここに転入しなければならない理由が、俺にはあるんだ」
「え? どういうことなんですか?」
不思議そうに尋ねるレーネにその理由を教え、納得して貰えた所で俺たちは転入届を改めて提出することにしたのだった。
参ったな。こんなことならば、他の手段を使うべきだった。
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